愛の言葉はストレートに
釜瑪秋摩
愛の言葉はストレートに
仕事が終わり、駅へ向かって電車に乗り込む。
吊革を握り、空いた手でスマホに触れた。
――今、なにしている?――
アプリにメッセージが入っていた。
親指で操作しながら
――今、電車――
とだけ返す。
すぐに返信がくる。
――お仕事、お疲れさま――
つい、口もとが緩んでしまう。
たった一言が、酷く嬉しくてたまらないから。
――ありがとう――
もっともっと、言いたいことがあるはずなのに、思うほど言葉が出てこない。
頭を
短い言葉だけれど、指で打つ一文字一文字に、気持ちを込めているつもりでいる。
伝わらないだろうけれど、伝わってほしいと願いながら。
いい加減、言わないと。
ちゃんと言わないと。
なにがいい? どういえばいい?
かっこよく言いたいのか、ストレートに言いたいのか、遠回しに言いたいのかもわからないまま、窓の外を流れる景色に見入っていた。
遠くにみえる山に、ついさっき陽が落ちたところで、オレンジに染まった空はほとんどを濃紺の夜空に塗りつぶされている。
山の上に、鈍く光る三日月が浮かんでいるのが目に入る。
そうだ。
例えば……。
『月が綺麗ですね』
……いや、文豪か!?
ならば……。
『君がいなくなる一日前まで生きたい』
……遠回しが過ぎるか?
それなら……。
『雨が止みませんね』
……今日は晴れているだろうが。
これはどうだ……。
『明日も晴れそうですね』
……待て。天候の話題しかないのかよ?
シンプルに……。
『出会えてよかった』
……なんか、別れる前触れみたいじゃあないか?
ううん……。
難しい……。
最寄り駅に着き、足を速めて歩く。
途中、閉店間際の花屋で花束も買った。
キュウっと締め付けられる胸を抑えながらエレベーターに乗る。
過呼吸になるかと思うほど、呼吸が荒くなるのが自分でもわかった。
マンションの廊下を歩きながら、カバンのポケットに入れたものを取り出し、インターホンを押した。
――はぁい、今、開けますね――
ガチャリと音がしてドアが開いた瞬間、片膝をついて花束と手にした小さな箱を差し出した。
「愛してる! 結婚してください!」
緊張で目も開けられず、今の気持ちをストレートにぶつけた。
なんの捻りもない、ありふれた言葉だけれど、気持ちだけは誰にも負けないくらいこもっている。
そのはずだ。
なのに、妙な間がある……。
「……
「……うん、見てた」
――え?
顔を上げると、玄関を開けたのは彼女の母親だった。
オーマイガー!!!
お母さんにプロポーズをしてしまった!!!
やっちまった! なんという失態……!!!
彼女はキッチンに続く壁から顔だけ出して、ニヤニヤしている。
恥ずかしくて穴があったら入りたいとは、こんな心境のときに違いない。
「あら~。おめでとうございます~」
「まぁ~、プロポーズなんて素敵。若いっていいわねぇ」
開け放ったドアの後ろを、同じフロアに住んでいるらしい人が通り過ぎていく。
なんてこった……。
見られていたのか……。
ボーゼンと片膝をついたままの俺の前に、彼女は濡れた手を拭きながら立つと、最初に花束を受け取り、そのあとに小箱に触れた。
「開けてもいい?」
「もっ……もちろん!」
箱の中身は、彼女の誕生石、ルビーのリングだ。
彼女は見入ったまま、なにも言ってくれない。
「あの……俺、もう一回、言う?」
彼女は黙ったままうなずいた。
クッソ恥ずかしいけれど、こればかりは仕方がない。
「愛してる。結婚してください」
花束と小箱を握りしめたまま彼女が抱きついてきて、小さく「はい」と答えた。
一生、忘れられないプロポーズ記念日になった。
― 完 ―
愛の言葉はストレートに 釜瑪秋摩 @flyingaway24
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