戦士とシーフとシーフと宝箱

五十貝ボタン

戦士とシーフとシーフと宝箱

 せっかく宝箱を見つけたのに、困ったことになった。


「宝箱を開けろ!」

「いや、絶対に宝箱を開けるな!」

 ふたりが言い争っている。

 ふたりはどちらもエルフで、どちらも緑の髪を持ち、身軽な革鎧を身につけている。

 鏡に映したようにそっくりだ。


「どちらの言ってることが本当なんだ?」

 俺は途方にくれていた。アイシルとの付き合いは長いが、ふたりはどちらも本人にしか見えない。

 ふたりのアイシルは互いににらみ合いながら互いの主張を繰り返した。

「この宝箱は本物だ! ここまで来て宝を取らずに帰るなんて愚かにも程があるぞ!」

「いいや、この宝箱は罠だ。開けると爆発して俺たちは死ぬ。絶対に開けちゃダメだ!」

 さっきからずっとこの調子だ。


「ケイン!」

「どうせお前は馬鹿力しか取り柄がないんだから」

「俺の言うことを聞け!」

 息がぴったりだ。

 俺は腕組みをして、ふたりを眺める。

 どうしてこんなことになったんだったか――



 ■



 俺はケイン。怪物との戦いが得意な戦士だ。

 エルフのアイシルとは長くコンビをやっている。彼は盗賊シーフで、鍵開けや罠解除の達人だ。

 アイシルが罠に対処し、怪物が現れたら俺が戦う。控えめに言っても、俺たちはいいコンビだと思う。


 今日もふたりで迷宮を探索していた。

 こんな調子だ。

「待て! この鏡……何か妙だと思わないか?」

「妙って?」

 俺は何も思わなかったが、アイシルは壁にかけられた鏡をじっくり眺め、盗賊道具シーフズツールでいじくり回していた。


 カチッと音がして、鏡を囲む枠の一部が開く。

「見ろ。やっぱり銀貨が隠されてた」

 隙間から取りだしたたった一枚の銀貨に、アイシルは愛おしそうにキスをした。彼はお金が大好きなので。一枚だって見逃す性格ではない。

 だが同時に、罠に関して疑り深い慎重さも併せ持っている。その点は、掛け値なしに優秀な盗賊だ。


 俺たちはいつものように迷宮を進んでいた。時おり古代の魔法生物が行く手に立ちはだかるが、俺が愛用の戦鎚ハンマーで薙ぎ払った。

「相変わらずの馬鹿力だ」

 アイシルはなぜか俺の戦い方に呆れている。他の冒険者は、ここで華麗な剣さばきを見せるものなんだろうか。


 俺たちはある部屋に辿り着いた。アイシルによれば、そこは最深部だという。

 その部屋は円筒形で、中央の台座の上にがっしりとした作りの箱が置かれていた。

「宝箱だ!」

「待て、不用意に近づくな!」

 止められたので、俺はアイシルが宝箱を調べている間、距離を取っていた。

 だが、ふと一呼吸した隙に……


「なんだ、お前は!」

「お前こそなんだ!」

 いつの間にか、アイシルがふたりになっていた。

「聞いたことがある」

 俺は細部までぴったり同じのエルフ達を見ながら考えた。

「迷宮が生み出す魔法生物だ。その迷宮から出て行くまでつきまとい、外見だけでなく能力や仕草までコピーするらしい」



 ■



「この宝箱は本物だ」

「いや、この宝箱は偽物だ」

 ふたりのアイシルはしきりに言い争っている。

「ややこしいな。箱の中身がトレジャーだと言っている方をアイシルT、トラップだと言ってる方をアイシルTと呼ぼう……しまった、どっちもTだ」

「AとBでいいだろ!」

 では、宝だと主張している方をA、罠だと主張している方をBとする。


「長い付き合いだ。どっちが本物かくらい分かるだろ?」と、アイシルA。

「いや、それがまったく分からない。どっちも本物に見える」

「本物の俺なら、宝と罠を間違えるはずがない」と、アイシルB。

 彼の言うとおりだ。まちがいなく、


「コピーは宝箱を開けさせたくないんだよ。宝を守ろうとしてるんだ」

「いや、コピーは宝箱を開けさせたいはずだ。そうすれば俺たちを罠で殺せるから」

 どちらの言い分も筋が通っている。

 問題は、俺には本物のアイシルを見破ることも、宝と罠を見分けることもできないことだ。

 せめてどちらかが分かれば、もう一方も分かるはずなんだが。


「アイシルAに質問だ。宝箱は本物だが、罠も仕掛けられているということはないか?」

「ない」

 Aはきっぱりと言った。

「このコピー生物が宝を守る罠なんだ。だから、この宝箱自体には罠はないよ」

 なるほど。今回はコピーされたのがアイシルでよかったが、もし俺がコピーされていたら大損害になっていただろう。なら、再挑戦は避けていま決断するべきだ。


「アイシルBに質問だ。仕掛けられているのはどんな罠なんだ?」

「箱の裏側に魔法の文字が書かれている。開けた瞬間にその魔法が発動して、ドカンと爆発する」

 俺はアイシルの罠感知には全幅の信頼を置いている。彼が言うならその通りの罠なのだろう……Bが本物なら、の話だが。


「よくも嘘をペラペラと」

「嘘つきはお前の方だろ」

 AとBは激しくにらみ合っている。彼は戦いが得意なタイプではない。能力も同じなのだから、取っ組み合いになっても決着はつかない。

 俺が決断をくだすしかない。


「よし、決めた」



 ■



 俺はふたりの間をかきわけて、宝箱に近づいた。

「お、おい、開けるなよ! 爆発するぞ」

 Bが大声をあげる。

「残念ながら、俺にはこれが本物かどうか見破る手段がない」

 俺はかがみ込んで、宝箱のふたを開けないようにしっかりと掴んだ。


「だから、こうする!」

 全身に力を込めて、宝箱を持ち上げた。

 バキバキと音を立てて、箱を床に固定していた金具が外れる。かなり重いが、俺の筋力なら両手で持ち上げて運べる。

「ど、どうするつもりなんだ?」

「これを迷宮の外まで持っていく! 魔法生物は迷宮に使役されているから、外までは追いかけてこられない。迷宮の外までついてきたほうのアイシルに、改めてどうすればいいか聞くのさ」


「なるほどな」と、Aが言った。

「このっ……!」と、Bが腰の短剣を抜いた。

 俺は踏み込んで、Bの腹を思いっきり蹴った。Bは呻きながら壁にめり込み、白い煙になって消えた。


「見事、ご名答」

 Aが……いや、もうAと呼ぶ必要はない。アイシルが笑った。

「宝は頂きだ」

 俺たちはうなずき合って、迷宮を出たのだった。

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