夢の館

奈那美

第1話

 『夢の館』

その建物の入り口には、そう書いた看板が下がっていた。

 

 「夢の館、だって?」

看板を読んだ黒井は腕組みをして考えた。

「夢の館……どっちの夢なんだろうな?寝てみる夢か願望の方の夢か」

 

 夢──その響きは、日々の仕事に追われて疲れ切っていた黒井にとって、とても甘美なものだった。

 

 「たとえ寝て見る夢でした……でも、構わないか。このところロクに寝るヒマもないんだ」

実際、今日も会社を出たのは二十三時過ぎ。

このまま帰ってもロクに寝る間もなく出社しなくてはいけない。

 

 それだったら……この店?で眠らせてもらっても一緒じゃないのか?

そう思った黒井は、看板が下がった扉を引いた。

 

 カラーンコローン

軽やかな鐘の音が鳴る。

 

 【イラッシャイマセ。『ユメノヤカタ』ニヨウコソ】

どこからか電子音の声がした。

【ソノママ マエニ オススミクダサイ ショウメンノ デンシパネルヲ ゴソウサクダサイ】

 

 ……AIだかなんだか知らないが、どこもここもパネル入力を求めてきやがる。

 

 黒井は案内どおりに前に進み、設置されている電子パネルの前に立った。

「四角の部分を指でタッチしてください……か。ん?今度は何だ?生年月日を西暦でご入力くださいだって?まあ、ネカフェも会員カード作るときは書かされるからな」

 

 そのあとも指示通りに住所・姓名・電話番号の入力を求められ、黒井は次々に入力していった。

 

 黒井が入力を終えると、画面が切り替わった。

「今度は何だ?パスワードを設定してください?パスワード、ねぇ」

いぶかしみながらも、黒井は指示された箇所に指示通り四桁のパスワードを入力した。

 

 入力し終わると、正面のドアが自動的に開いた。

「……今度からはパスワードだけでいいってことか?」

 

 【ニュウリョク オツカレサマデシタ ゲートヲ オトオリクダサイ】

 

 ドアの向こうは、無機質な空間だった。

部屋の真ん中に、ふたつの箱がおいてある。

ひとつは小ぶりで、もうひとつは細長くてそれなりの高さがある。

──人がひとりくらいはいれそうだな。

黒井がそう思ったと同時に声が聞こえた。

 

 【ソレデハ ユメノセカイニ ゴアンナイシマス。ミニツケテイルモノヲヌギ チイサイハコニ イレテクダサイ】

「身に着けているもの……パンツも脱ぐのか?」

【シタギハ ツケタママデ ダイジョウブデス】

 

 「……応答機能もついているのか」

黒井はつぶやきながらも下着以外の一切を小さい箱に入れた。

【ジュンビガトトノイマシタラ オオキナハコニハイリ ヨコニナッテクダサイ】

 

 言われるままに黒井は大きい方の箱に入って横になった。

(やっぱり、寝る方の夢だったか。まあいい。どんな夢を見せてくれるんだろうな)

黒井が考えていると、箱のふたが自動的に閉じた。

シューッっと音がしたかと思うと、箱の中はガスで満たされた。

 

 

 

 

 

 

 

 「うまくいったな」

「ああ。こんなに簡単にひっかかるとはな……今月だけで、百人超えてるぞ」

「それにしても、なんでこんなに簡単に個人情報を入力するかな?」

「さてね。なんでもかんでもネットで済ませてるから、感覚が麻痺してるんだろうよ」

「そうかもしれないな……ああ、する前に、その他の手続きをしてきてくれないか?」

「ああ。……この前みたいな奴じゃないことを祈るよ」

「そうだな。わざわざ違うパスワード考えて入力するような用心深い奴じゃないといいな」

「そうだな……じゃあ、ちょっと銀行に行ってくるよ」

 

 

 ひとり残った男は、つぶやいた。

暗証番号で口座から現金をいただく……全くもって夢のような館だな」


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夢の館 奈那美 @mike7691

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