携帯用〇〇〇ボックス

天西 照実

携帯用〇〇〇ボックス


 西暦2030年。世界から水洗トイレが消えた。


 正確には、駅やビル内の水洗トイレが消えたのだ。

 個人宅や集合住宅のトイレは無事だった。

 水洗トイレの排水設備を爆破するという、許されざるテロが多発して以来。テロを警戒して、不特定多数の利用者がいるトイレは次々に封鎖された。

 その当時、街はトイレ難民であふれかえっていた。


 多額の税金を投入して設備を修復させても、すぐに爆破された。

「先進国ばかり下水設備を充実させているが、途上国のトイレ事情に目を向けてどうのこうの」

 テロリストが何をどう主張しようと、こればかりは誰も踊らされなかった。

 SNSの数字稼ぎを狙ったテロリストたちに、批判すら集まる事なく逮捕された。

 サイレントマジョリティー(物言わぬ多数派)の批判を超える怒りは、ノイジーマイノリティー(騒ぎまくる少数派)を黙らせた。

 犯人たちの裁判も民衆はどうでもよかった。

 トイレに流せる小型爆弾の威力と、先進国のあちこちで同時多発していた事には驚いた者も多かったが。

 それよりも重要なのは、今後トイレをどうするのかという現実だ。


 トイレだった場所に仮設トイレが置かれたが、そのままという訳にいかず。

 なんと、後手に回りがちな日本が『トイレを個人で携帯する』という概念を最初に発案した。実用化し、一般普及させたのも日本がどこよりも早かった。

 こうして生まれた『携帯用トイレボックス』は、汚いトイレもよく見る風景だった国々にも広まっていったのだ。

 HENTAI、KAWAIIの次はTOIREBOXという日本語が海外にも知れ渡ることとなった。


 携帯用トイレ箱は、手のひらサイズに収縮する仮設トイレだ。

 昔を知る者は、中の見えない電話ボックスのようだと表現する。

 水洗トイレだった場所が、トイレ箱ルームになった。そこへ個人のトイレ箱を持ち込んで、伸縮型トイレ箱を展開させて用を足すことが一般的だ。

 排泄物はビー玉ほどの大きさに無臭圧縮され、トイレ箱ルームに設置されたゴミ箱へ捨てることが出来る。


 外国製品は安価だが、伸縮壁や圧縮機部の低品質なものが多い。

 すぐに記載のサイズまで広がらなくなる。元通りのサイズに戻らなくなる。使用後ににおいが残るなど。問題も多い。

 その点、純日本製『携帯用トイレ箱』は高品質。その分、値段は高くなるが当然なのだろう。

 それでも純日本製品の日用必需品価格は良心的だと思う。

 海外では高品質の携帯用トイレ箱を盗まれないように、しっかりと鞄の奥や懐に入れて持ち歩く。

 治安がそれほど悪くなく、携帯用とはいえトイレを鞄の中に入れる事に抵抗もある日本では、バッグチャームのようにぶら下げたり、ベルトチェーンで腰から下げたりして携帯しているのだ。



 これまでの経緯を思い返していた青年は、小さく溜め息をつく。

 大きく『KTB』と表示された自販機の前で、もう一度バッグの中を探った。

「……無いよなぁ」

 安価なカラビナが壊れたため、ズボンの尻ポケットへ入れていたのが悪かった。

 落としたのか盗まれたのか……。

 どちらにしろ、これから出勤する社内にトイレ箱ルームはあってもトイレは無い。

 駅の売店でもコンビニでも売り切れだった。

 仕方なく青年は、煙草の自販機と並ぶ携帯用トイレ箱の自販機に一万円札を数枚、続けて投入した。


                              了

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