第7話

 磯村の身に一体なにが起きたのか。

 それはわからなかった。


 マンションの管理会社の人間が磯村の部屋の鍵を開けて、通報で駆け付けた制服姿の警察官と救急隊員が部屋の中へと入っていく。

 しばらくして、戻ってきた警察官は首を横に振った。


「誰もいませんよ」


 その言葉の通り、磯村の部屋の中は無人だった。

 しかし、部屋にはスマートフォンや中身の入った財布、そして脱ぎ捨てたと思われるスーツのジャケットが床にそのまま残されていた。


 まるで磯村だけが、その部屋から忽然と姿を消してしまったかのようである。

 その様子を見たあやめは震えた。


 ミミックだ。磯村はミミックに食べられてしまったのだ。

 磯村に届いた荷物は無かっただろうか。

 あやめは磯村の部屋の中を見回す。しかし、段ボール箱らしきものはどこにもなかった。


 その日は編集長と共に警察署へ行き、磯村の行方不明者届を提出した。

 警察はマンションの防犯カメラなどを確認するといって、その行方不明届を受理した。


 ※ ※ ※ ※


 数日後、ミミックに関する記事の作成は、中止となった。

 それは担当者であった磯村が行方不明になってしまったということもあったが、SNSでもミミックの話が下火になってしまったということもあった。


 あやねはストレス解消のために、ネットショッピングで自分用のアクセサリーを買い漁った。こうでもしていなければ、耐えられなかった。


 その日は残業で少し帰りが遅くなってしまった。磯村がいない分、その仕事があやねにまわってくるようになったのだ。

 疲れ果てたあやねが自宅玄関の前まで来ると、そこに段ボール箱が置かれていることに気がついた。


 なんだよ、宅配ボックスがあるのに家の前に置くなよな。

 心のなかであやねは毒づきながら、その荷物を持ち上げると、そのまま部屋の中へと入った。


 疲れすぎていて、夕飯は食べる気がしなかった。

 服を脱ぎ捨て、部屋着になるとそのままベッドへとダイブする。


「仕事、やめようかな……」

 そう呟いた時、玄関のチャイムが鳴る音がした。


 時刻は午前0時を過ぎている。

 しかも、マンションはオートロックなのに、いま鳴らされたのは部屋の玄関のチャイムだった。


 え、なに。どういうこと。

 あやねはパニックになりそうなのをこらえて、インターフォンの画面を覗き込んだ。


 そこにはパーカーにジーンズという姿の若い男が映っていた。


 あの男だ。

 佐藤の家で動画を撮影した時に映り込んでいた、あの男がいるのだ。


 どうしよう。逃げなきゃ、殺される。

 あやねは慌ててベランダの方へと行こうとしたが、足を何かに取られてフローリングの上に転がった。


 そこには段ボール箱が置かれていた。

 さっき、玄関の前に置かれていた置配の段ボール箱である。


 段ボール箱はあやねが足を取られた時に蹴ってしまったらしく、蓋が半分開いており、段ボール箱の中身が少しだけ見えていた。


「いやああああああああああああああああああああああああ!」


 その中身を見たあやねは、大声で叫んでいた。

 段ボール箱の中に見えたもの。それはあの男の姿だった。パーカーを着た若い男が段ボール箱の中からこちらをじっと見ているのである。


「なんで、出ないんだよ」

 男はそう言うと、段ボールの中から腕を伸ばして来てあやねの足を掴んだ。


「いやああああああああああああああああああああああああ!」


 あやねは再び大声で叫んだところで、気を失った。



※ ※ ※ ※



「なんなんだよ、これ」


 ベテランの刑事はその段ボール箱を見つめてつぶやいた。

 相棒である若手刑事は、その段ボールの中身を見た瞬間に走り出して、川の中に盛大に吐瀉物を撒き散らしている。


 そこは川沿いの土手にあるブルーシートで作られたホームレスの住処だった。

 おかしな臭いがするという近隣の住人からの通報で、そのホームレスの住処を捜索したところ、ブルーシートハウスの中で大量の段ボール箱が発見されたのだ。

 臭いのもとは明らかにこの大量の段ボール箱だった。

 通報で駆け付けた近くの交番に勤務する若い制服警官は、口をハンカチで押さえながら、その段ボールの中のひとつを開けてみた。


 段ボールの中には、人間がぎゅうぎゅう詰めにされた状態で入っていた。

 どこをどうすれば、こんな小さな段ボール箱の中に人間が入るのかはわからないが、その中に入っていたのは間違いなく人間の身体であった。


 制服警官はすぐに応援を呼び、この地域を管轄とする所轄署の刑事たちがやってきたというわけだった。

 段ボール箱は全部で二〇個ほど存在していた。

 その中のいくつかを開けてみたが、全部同じように人間の身体がぎゅうぎゅうに押し込められている状態だった。もちろん、その人間は死んでいる。

 どこをどうやって折りたためば、こんな風に箱の中に収まるのだろうか。

 ベテラン刑事は、じっと段ボール箱を見つめながら考えていた。


「ノブさん、ちょっと来てください」


 別の刑事がベテラン刑事を呼んだ。

 その刑事の方へ行ってみると、そこにはパーカーとジーンズが脱ぎ捨てられたように置かれていた。これは被害者のものなのか、それとも犯人のものなのか。

 とりあえず、ビニール袋の中に入れて保管するように指示をして、ベテラン刑事はブルーシートハウスから外に出た。


 この事件は五年経ったいまでも、未解決事件として警視庁によって捜査が続けられている。


※ ※ ※ ※ ※ ※


 もし、身に覚えのない配達物が自宅の前に置配されていたら、決してその箱は開けてはならない。まずは宛名を確認して、もし違っているようであれば配送業者に確認を取るようにしよう。



「箱」 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

置き配 大隅 スミヲ @smee

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ