あれはエルピスを抱く箱

@ihcikuYoK

あれはエルピスを抱く箱

***


「お父さん、お荷物が届いてますよ」

すっかり今日の日付を忘れていたのか「? 誰からだ」と夫は言った。

「ミサとチサからです、毎年恒例の」

「――あぁ。そこへ置いておいてくれるか」

わかりました、じゃあこちらにと書斎の机上へと置きながら、ちらりと見やった。夫は、なに食わぬ顔で新聞を見つめていた。


 娘は、ふたりとも家を出た。

 ひとりは入念な根回しのあと啖呵を切って国外へと飛び出し、ひとりは一見穏やかに過ごしつつも努力の果てに隣県への切符を勝ち取った。

 置いた箱の包装を見つめ苦笑する。

 おそらく偶然であろうが、どちらも同じブランドの包みであった。国は違えど見て回る店は同じというわけだ。なんだかんだ、あの子たちも似ているわねと微笑ましく思う。


 今日は夫の誕生日である。

 幼い頃からどれだけ喧嘩をしていても、泣いて『もう口きかないっ』と言い出したとしても、なぜかあの子たちはお祝い事は必ずするものだと思っているらしく、誰かの誕生日になるとなにかしらの贈り物を用意してハッピーバースデーを歌うのであった。

 ミサが出て行った4年前の3月から、夫はすっかり肩を落とし落ち込んでいたが、その月末になるとこれまでと同じように『お父さんお誕生日おめでとう♪』との手書きのメッセージカードと共に、海外からプレゼントが届いたので私は夫に隠れてお腹が捩れるほど笑った。


『もうバイバイだから!』

……とは、いったい何だったのか。


 そしてその品を見ていたチサも(やっぱりお祝いはきちんとするものなんだ)と思ったらしく、家を出たにも関わらずこうして律義に贈ってきたというわけだ。

 子供扱いしないでというわりに、中身がしっかり子供のままなのだから仕方がない。


 あの子たちは縁の切り方を知らない。

 これまで、切らなければならないような悪辣な縁がなかったのだ。

 いっそこのまま、そんなことなど知らないままの人生を送ってくれたらいい、と勝手ながら母は思う。


Fin.

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