【まねしてみた】キャラクターを置き換えて練習します。

第3話

ゆっくりと扉を開く。

内部は、石造りの通路になっていた。

壁面には、等間隔で松明のようなものが掲げられている。

そのおかげで、奥まで見通しが効いた。

奥行きは１０メートルほど。

その先は行き止まり……ではなく、曲がり角になっていた。

まだ奥に通路が続いているみたい。

なんにせよ。

明らかに、オフィスビルの内部じゃない。

例えるならば……ダンジョン・・・・・？

ゲームなんかでよく見る、アレ。

そう思うと、好奇心がムクムクと胸の奥からこみあげてくる。

「……入ってみる……か」

あまりよくない行為だとは思った。

普段ならば絶対に試さない行動だよ。

そもそもさ、ビルの敷地内だったら、不法侵入になっちゃうよ。

でも……この扉は、『左手で触れられる』。

どう考えても普通じゃない。

だからこの扉の先は、どこに繋がっているのか、分からない。

わたしって、ヤバイ奴だと思う。

でもわたしは、この先を見てみたいという欲求にどうしても打ち勝つことができなかった。

ちょっとだけ。

ほんのちょっと中を見たら、すぐに帰ろう。

そう言い訳して……わたしは扉の内部に足を踏み入れた。

「中は……別に普通だね」

内部は外より空気が若干淀んでいることと気温が少し暖かいことを除けば、とくに変な感じはしない。

壁に触れてみると、石の硬く冷たい感触が手から伝わってきた。

……この空間自体は本物みたいだ。

右手で触れても、消えたりはしない。

その事実にホッとするが……今度は別の心配が頭に浮かんでくる。

「まさか、扉が消えたりはしないよね！？」

念のため振り返ってみたが、扉は外界（？）に繋がったままだった。

ちょっと安心したが、完全に閉じるのは怖かった。

鞄から生徒手帳を取り出し、扉と入口の間に挟んでおく。

「これでよし……とりあえず、進んでみるか」

おそるおそる進んでいく。

といっても、通路の奥の曲がり角まではたった１０メートルほど。

すぐに到達することができた。

……曲がり角の先を覗くと、扉があった。

今度は鉄の扉だ。

こちら側に閂かんぬきが掛かっているが、簡単に開けられそうに見える。

「…………」

ここまで来たら、もう同じだ。

そう自分に言い聞かせ、鉄扉を開いた。

「……ここは」

鉄扉を開くと、そこはホール状の大きな空間だった。

幅も奥行きも、おそらく３０メートルはあるだろう。

天井も高い。多分１５メートルはある。

内部には、壊れた椅子やらテーブル、それに棚のようなものが散乱している。

ここは廃墟なのだろうか。

建築様式とか散乱しているガレキの感じからして、教会とか礼拝堂みたいな印象を受ける。

もちろん人の気配はない。

かなり殺風景だが、壁面にはいくつかの絵画が飾られていた。

かなり古びた絵画だ。

「なにこれ……ドラゴン……と、人が戦っている場面なの？ こっちは……神様？ 天使かな？」

少なくともわたしにはそう見えた。

どっちも結構ヘタウマな作風で、中世のヨーロッパとかにありそうな感じだ。

わたしは美術史に詳しくないから分からないけど。

ていうか、ビルの内部がこんな風になっているわけがないよね。

だったら、ここは一体何なの。

と、その時だった。

――ガタン。

背後で物音がした。

「えっ！？……ちょっと、なに！？なに！？」

恐る恐る振り返ると、背後のガレキの一部が床に転がっていた。

あそこの山から落ちたらしい。

それと、ガレキの山には何か・・がいた。

『ギュルッ……！！』

テラテラと光る何か・・だ。

最初はただガレキが濡れているのかと思ったが違う。

ゼリー状の物体だ。

それは動いていた。

ずるりずるりと這いながら、わたしに近づいている。

大きさは……けっこうでかい。

体積だけなら、大型犬をすっぽり呑み込めそうなくらいはある。

「ちょっ、おかしいでしょ」

思わず言葉が口から漏れた。

これは……多分わたしの知っているモノならば。

「この子……スライム？ ウソなの？」

こんなの、現実に存在しないよ。

だけど、こちらにゆっくりと近づいてくる『スライム』の体は、左手だけでなく右手にもはっきり触れている。

間違いなく、わたしの目の前に存在する現実だった。

ただし、調理実習とか理科の実験で見るような素材じゃない。

なんというか、黒味噌とゼリーを合わせたような、物体だ。

というか、スライムの体のあちこちに、なんか肉片とか骨っぽい物体が浮かんでいるように見えるけど……生成に失敗、しちゃったとか？

これ、ペットとしては存在しないタイプのスライムだね。

当たり前だけど、わたしはスライムと会ったことなんてない。

ていうか、この子、どうしたら離れてくれるの？

迷ったあげく、わたしに取れる手段は一つしかない。

それは……

死んだふり・・・をする(-_-;)汗

しばらくしてもなにもしてこない。……その場で固まる。

「あの……ウソ…でしょ？」

いつのまにか扉の周囲にも、スライムが湧いている。

それも、瓦礫のところにいたのとは、ちがう……おっきいやつだ。

わたしなんて、簡単に飲み込まれてしまいそうなほど。

これじゃ、この部屋から出れないじゃない！

そうしているうちにも、スライムは瓦礫や壁面に掲げられた絵画、それに天井や壁のヒビの隙間からどんどんと染み出し、その数を増やしていた。

もう十匹はいる。

そしてその全部が、わたしにゆっくりと近づいてきているのだ。

「ひ……っ！？」

そこでようやく、わたしは自分の状況を理解することになった。

この子たち……わたしを吸収するつもりだ。

それを自覚したとたん、さぁっと血の気が引く感覚がした。

急に手足が震えてくる。

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ

「まだ……死にたくないーーーー！」

助けなんてこない。

何しろ、わたしの触覚でしか感じない『ダンジョン』だ。

ここでこの子らに食われたら、わたしの死体は永遠に見つかることはないだろう。

……そんなのは絶対に嫌だよね？

だいたい明日だって普通に通学する予定だよ？

わたしが死んだら……世界から消える？

担任が余計な心配をしてくるにちがいない。

『サクラさん、なんで！？』

と、パニックになっている姿が頭に浮かぶ。

「死ぬかもしれないのになにを考えてるの、わたしは」

ここに来て、あれほどイヤだった担任を想うと、生きる希望になっているように思えて苦笑する。

でも、そのおかげで今の状況を客観的に見られるようになった。

……このスライムの姿形はかわいいけど、やることは凶悪だ。

わたしが疲れて動けなったら、この子らの餌になる。

ならば……

「その前に、全部を潰すしかない」

そう覚悟を決めた後は、早かった。

ゲームなんかでは、こういうタイプの不定形スライムはどこかに弱点になる『核』があるのがセオリーだ。

そして……スライムの身体は黒いけど、その中心部には熱いゆで卵のようなものが入っているのが分かった。

なぜそれが分かるのかというと、左手で身体を突き破ったら熱を感じたからだ。全然大丈夫。

「ヤバイ……この左手、耐熱が半端ない」

素直に呟く。

まずは、これをつぶす。

もちろん弱点かどうかは分からない。

でも、この子らが後生大事に体内の最奥部に隠している器官だ。

攻撃されて無事でいられるとは思えない。

今は、行動あるのみ……！

「ごめん……お命、頂戴致す！」

目の前のスライムを握る。

もにゅっ、と効果音のような後、スライムの一部が飛び散った。

が、

わたしの力はスライムの浮かべた骨を飛ばしただけだった。

「わっ、あばれないで！？」

もちろんスライムも無抵抗じゃない。

わたしが潰した瞬間、ゼリー状の身体をこちらに向かって伸ばしてきたのだ。

こちらが手綱を握っているのを幸いに、スライムの動きはわたしの肘あたりで止まった。

アドレナリンが大量に分泌されているのか死を覚悟しているせいか、あまり怖さは感じなくなっていた。

大丈夫……わたし。

「えい！」

さらに左手を強く握る

もりっ！

今度はわたしの力をまともに食らい、スライムの身体の半分が飛び散った。

拳大の眼球のような白玉が露出する。

ごめん……殺るよ。

ぼん！

風船が破裂したような音がホールに響き渡る。

そして――

「やった……」

やはりスライムの弱点だったようだ。

わたしがそれを潰した途端、スライムは一度だけ肉体をビクンと痙攣させたあと――溶けるように崩壊していった。

「はぁ…… まずは一匹……」

倒し方を見つけてしまえば、あとはやるのみ。

動きの鈍いスライムを全滅させるのに、そう時間はかからなかった。