第2話

「はぁ……」


わたしは嫌な気持ちで、自宅に戻るべく道を歩いていた。



最寄りの駅に着くときには授業の開始時間になっていた。









ああ…今日は最悪。




まず、昇降口の下駄箱で同級生の女子に見られる。季節外れの手袋にじろじろ見られたからな。彼女と隣の女子にこそこそと「あの子」と言われた。



肩身が狭い。


心臓がちくちくするし。




その後、廊下で担任の先生に呼びとめられたと思ったら授業のプリントを返された。紙でね。



わたしが出した作文の内容は先生的にヤバいらしい。



集団リンチの話を書いたら問題なのかな?


でも、エンタメとしては面白いって言ってくれた。


正直、教師がエンタメを語りだすのってどうよ?って思うけど。


一応これでも国語の成績は良いので、赤点になったことはない……けど、今回の指摘はちょっと堪えた。


今日の運勢、気持ちが上がるだったのに・・・。



まあ、いいや。もう勉強のやる気が起きるどころの話ではない。


進路に影響する? どこか富裕層の話でしょ。



その後、とりあえず教室には行ったからドアの前でプリントを別の同級生に渡す。

ちらっと、中を覗いてみたけど、男子の視線があるから離れた。


途中で保健室に寄って、中を窺ったら担任がいた。何か二人で話している。


えらいため息をついている。落胆の様子。


聞き耳をたててみると、どうやらわたしのあの作文が普通じゃないと言ってる。


だけど、昔の思い出を書けという課題を出したのは先生だからわたしには責任は無いはず。


ただ盗み聞きをして終わる。



わたしが病んでるのはメンタルヘルスの基本スキルです。なんてね。



もっとも作文自体はわたしから見て大した問題ではなかったので、あの場は他人事だと思った。


とはいえ、問題児扱いされてるのは痛い。菓子折りのひとつでも持っていくべきかな。



そんな感じで気がつけば、すでに1時間は過ぎていた。電車の中である。



保健の先生に「ありがとう」とメッセージを送る。それからタブレットを出して授業の課題をやる。


ちなみにあの美少女と再び出会った。



そういえば今日は、3年生が午前授業だったはず。あの人上級生だったのか。


まじエリート。



そんなこんなでどうにかお昼までに問題を解き、だれも訪れてないアカウントの画面を確認してから担任に送信する。ぽち! と押すように。



「はあ、ダル……」



花粉の影響か頭が痛い。


わたしは、神経がすり減っているのを感じた。



すでに街はにぎわっていた。



駅前を過ぎると、周囲のオフィスビルが休憩時間になっている。



さらに大通りから一本奥に入ってしまえば、人の気配はほとんどなくなる。


冷たい空気が漂う路地を歩いているのは、わたし一人だけだ。



「…………」



誰もいない通りを歩いていると、まるでこの世にわたしだけしか存在しないような気分になってくる。


こういう時、ぼっちのわびしさが身に染みるよなぁ。


まあ、家と保健室の往復で出会いとか全然ないけど。



「はあ……明日も学校かぁ」



授業の課題は今日頑張って解いたけど、また明日担任の顔を見るのかぁ。


辛いけど、仕方ない。



それに、担任には菓子折りを渡さないとな。



ああ、面倒……



もう、明日が来なければいいのに。


そんなことを考えてしまう。



そんな時だった。



急に左手が疼いたと思ったら、強い灼熱感が襲ってきたのは。



「うっ……!? 熱い……!」



あまりに強い違和感に、思わず足を止める。


まるで左手が燃えるようだった。


とっさに左手を押さえる。


「熱っ!?」



思わず叫び、手から離す。


右手が、火傷しそうなほどの熱を持っていた。


灼熱感とかそういう次元ではない。



気づけば、視界に火の粉が舞っていた。


もしかして、これ……わたしの手から出ているの?



なんだこれ?


意味が分からない。



「ぐっ……熱っつぅ……!」



痛みはないけど、強烈な灼熱感で骨が溶けそう。

いつのまにか手袋が溶けて無くなっていた。


足元がおぼつかない。


よろけて、近くのビルの壁に手をついた。


そのまま壁面に背中を預け、座り込む。



このままじっとしていれば症状も落ち着くかなと思ったけど……



「ちょっと、なにこれ……!」



灼熱感はどんどん強くなる一方だ。


火の粉が視界を埋め尽くし、ついには薪が弾けるみたいに目の前でパチパチと音まで聞こえだした。


これはマジでヤバいんじゃないか……!?



「ぐっ、ううっ……」



あまりの異常事態に救急車を呼ぼうかと思った……その時だった。



フッ……、と急に灼熱感が消えた。


それと同時に、視界に舞っていた火の粉も消えた。



「……あれ、治った?」



左手を摩る。


まだ少し熱を持っているが、さきほどのような火傷しそうな熱さじゃない。


その事実に、ホッと胸をなでおろす。



けど。



背中を預けているビルの壁に、違和感を覚えた。


なんか、背中に触れている場所がゴツゴツしている。



「なにこれ」



振り返ってみれば、そこには真鍮の取っ手があった。


その周辺は年季の入った、木製の扉?



最初はビルの入口かと思った。


けれども、それにしては古めかしすぎる。


それに、扉全体に複雑な彫刻が彫りこまれている。


なんというか、ファンタジー系のPRGとかで見るようなデザインだ。



こんな扉、さっきまでここにあったっけ?



記憶が正しければ、わたしはビルの壁に寄りかかったはずだ。


つるつるした、大理石か何かのタイルだったと思う。



ただ、それよりも……もっと不思議なことがあった。



扉は、左手でしか確認できなかった。


右手で触れると、消えてしまうのだ。


左手で触ると、扉の取っ手がまた出現する。意味不明。


「なにこれ?」



扉に左手が触れる。


ゴツゴツとした、冷たい手触り。


間違いなく、ここに存在している。



ノブに触れてみる。


ちょっと力を入れると、抵抗なく回った。


どうやら施錠はされていないらしい。



「…………」



この扉の奥……どうなっているんだろう。


そう思うと、もう止められなかった。



ごくり、と唾を飲み込む。


深呼吸をする。



それから私は、扉をゆっくりと開いた。

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