【KAC20243】深淵を覗くとき、

ながる

メイド、箱を開ける

 なるほど清掃人は完全な裏方仕事だ。客の目につかないようにするのが基本。客が帰った部屋に赴き、生々しい情事の痕跡を綺麗さっぱりなかったことにする。部屋に入った瞬間うんざりすることも多いけど、これでも客層はいいらしい。お金のためだと思えば、2週間程度我慢できるというもの。

 ピシッと皺なく張られたシーツにひとり満足して、仕上げに香水をひと振り。

 書き入れ時前に清掃済みの報告のために事務室へと足を向けた。


「失礼します。館長、二階は全室清掃済みで――」

「ディタ、地下室の鍵貸して」


 ノックして、きちんと応えを待ってドアを開けた私の頭の上から、のほほんとした声がかぶさった。

 イラっとして睨み上げる。

 ひょろりと上背のある男爵は、必然、背の低い私を見下ろすことになる。悪気はないのだろうけど、なんとなく腹が立つ。私の戦闘能力を間近で見ていても、よほど銃の腕自分の能力に自信があるのか、軽くあしらわれているような気分になるのだ。

 腕力も体力もないっていう割にはさぁ!


「あ、ピアも仕事終わった? ちょうどいいや。ちょっと手伝って」


 これだ。睨まれてもちっとも気にしてない。


「お給金は上乗せされますか?」

「え? 通常の仕事の範囲内だろう?」


 無言の圧をかけてみる。


「……わかったよ。あとでマフィン買ってくるから、それでどうにか」

「ジャムの入ったやつがいいです」

「あー、うんうん」


 わざとらしく目を逸らされたけど、館長がくすくすと笑っているので、それ以上突っ込むのはやめておいた。

 ちなみに、今の男爵は腕まくりしたシャツに若干丈の足りないスラックスをサスペンダーで吊っている。娼館で用意してある予備の着替えらしいのだが、サイズがないようだ。珍しくモノクルを外しているので、使用人と間違われかねない見た目になっている。

 まあ、見た目だけで、やっぱりどこか品が漂ってるので胡散臭いという感想になるのだが。


「ピアちゃんありがとね。泊り客の数を見て、夜は適宜にお願い」

「わかりました」

「レヴは久々にフェイクにするの?」

「人の集まるところに行くのが久しぶりだからさぁ。その方がかと思って。盗まれたって、どうせ戻ってくるんだけどね」


 館長はキーボックスから一つ鍵を取り出して、男爵に放ってよこした。


「ピアちゃんには話したの?」

「いや? 自分の事情で手一杯だろうから、面倒は増やしたくないんじゃない?」


 本人の前で解ったような口をきかないで! その通りだけど!

 指先でこいこいとジェスチャーされたので、黙ってついていく。もったいぶって言ってるけど、訊いてなんかやらないんだからね!




 地下にはどこに続くのか通路が伸びていた。先も気になるけれど、男爵はすぐ手前の部屋の鍵を開けている。通路には明かりが灯してあるが、部屋の中は真っ暗だ。持たされたランタンの明かりだけでは探し物も捗らなそう。

 中に踏み込むと、沢山の箱が積まれていた。木箱が多いけれど、最近増え始めたダンボールとかいう紙の箱も混じっている。


「ちょっと、適当に開けてみて。モノクルが入ってたら教えて」


 返事を聞く前に、積まれた箱の間を縫って奥に行ってしまう男爵。

 モノクル、ねぇ。パーティだし、細工のいいやつとかあるんだろうか。家宝的な?

 言われた通り、適当に開けてみる。古い肖像画や食器、子供のおもちゃとクレヨン画。本もいくらか見つかった。別宅、という表現がようやく飲み込めた感じ。まあ、別宅というよりは物置? 蔵? 古い型の帽子が入った箱には歴史を感じる気がする。

 下になっている箱もいくつか開けて、ようやくそれを見つけた。


「男爵、ありましたけど……」

「おっ。助かった! 今行く……わ!」


 声と共に、何かが崩れる音がした。呆れて振り返ったけど、下手に動くと私も崩しそうだったので無視することにする。

 箱の中からモノクルを一つ摘まみ上げて、ランタンの明かりに近づけてみる。無造作に放り込まれたようなそれらは、特に特徴もないシンプルなものだった。男爵がいつもかけているものと変わりない。塗装が剥げたり、レンズに罅がはいっていたり、鎖が切れていたり、弦が折れていたり……あまり大切に保管されているものではないようだ。


「ああ。それだ。ありがとう」


 背後から箱の中を覗き込んで、男爵は手を伸ばした。暗闇で不意に縮まった距離に圧迫感を感じて、わずかに背中が強張る。背後を取られることに対する職業病的な反応だったのだけど、男爵はそれに気付いたようだった。一歩ずれて、横に並ぶ。


「ああ、ごめん。普通の人は後ろは怖いんだっけ」


 箱の中をかき混ぜるようにしながら、壊れていないものを探している。

 ガチャガチャと金属のこすれ合う音が部屋に反響した。


「……多くありません?」

「これでもだいぶ捨てたんだけど」

「もっと宝石とかついてた方がパーティにはいいんじゃないですか?」

「そうなんだけどね。が爵位を継いでる証明だから、公の席では逆に変えられないんだよね」


 ポケットからいつものモノクルを取り出して、私の手に握らせる。自分は箱の中から取り出した、壊れていないものを明かりにかざして確認して、ひとつ頷いた。


「それ、預かっておいてね。できれば失くさないように身に着けててほしいけど、まあ、落としても問題ないっちゃあ問題ないから適当に」

「適当って何ですか。そんな大事なものを。私が他の人に横流ししたらどうするんですか」

「本物だと信じてくれればいいお金にはなるかも?」

「それでいいんですか!?」

「どうしても食うに困ったら、そうしようかとは常々……」

「それでいいんですか!?」


 ふっと、男爵が胡散臭い笑みを浮かべた。


「まあ、どうせ僕の元に返ってくるし。目ざとい誰かに気付かれて脅されたら、素直に渡してあげるといいよ」


 その時の背筋の寒さを何に例えたらいいだろう?

 取り返す、ではなくて返ってくるとは?

 やはり、絶対、完璧に、この人のふたを開けてはいけないのでは? 深入りするべからず! 訊かないったら訊かない!


「……お預かりします」


 湧き出しそうになった好奇心を押し込め、ブラックボックスから手を引く。

 物分かりのいい顔をして、私は話題を断ち切ったのだった。




*深淵を覗くとき、 おわり*

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