箱から出さないために

黒銘菓(クロメイカ/kuromeika)

第1話

 私の名前は空海そらみ。青い空と青い海の様に美しくあってほしいという母の願い、らしい。私にはよく解らなかったが。

 そんな母が、私が物心付いた頃にこんな事を言っていた。

 『決してを開けてはならない。決して。』

 どういうことかは解らなかったが、ここにある箱と言ったらあれ・・しかないし、つまりあれを開けるなということだろう。


 部屋中央の台の上に鎮座している真っ黒な箱。

 一辺50cm。材質は解らない。鍵は無く、取っ手もない。

 物心付いた頃からあれはあって、母から開けるなと言われ、得体が知れなくて怖くて、そして中身に興味もなくて、だから開ける気もなかった。

 『空海、学校はぁ?』

 母の声がして現実に戻ってきた気がした。。

 起きてからぼーっとしてたらしい。

 「今行く!」 

 私は急ぐことにした。


 黒い箱が少し揺れた。


 「終わったぁ。」

 学校が終わって解放された気分で改めてベッドに寝転がる。

 窓から見えるのは夕陽。腹時計も同じ時間を示していた。

 『晩御飯はー?』

 「ちゃんと食べるから用意して。」

 今日はなんだろうか?


 黒い箱が揺れた。


 テーブルに座り、出来立ての料理を口にする。

 『今日の学校はどうだった?』

 「別に、普通に解ったよ。」

 特に何があるわけでもない。なんなら学校のカリキュラムは終わりまで全部やっているからやる必要もない。

 面倒だけど必要だと言われて、仕方無く格好だけはやっている。


『そう。成績スコアに問題は無いようだし、明日は半日エクササイズで良さそうね。』

 「わかったわかった。

 コード書き換え:『明日は半日エクササイズ』『明日は休日』へ。権限者名:キューブプラン/mom/blue。」

 それを確認して、テーブルの向かいにいるに変化が起きた。

 『コード書き換えを承認。『明日は半日エクササイズ』『明日は休日』へ。に変更します。

 やっぱり、明日はお休みにしちゃいましょう。』

 母の声で、目の前の機械人形はそう言った。


 私が物心付いた頃にこんな事を言っていた。

 『決してを開けてはならない。決して。』

 その顔は青ざめていて、必死で、ここではない何処かを見ていた。

 『この子は渡さない。えぇ、渡すものですか!』

 その言葉を残して、母は黒い箱を開けると中に引きずり込まれる様に入っていった。

 それ以来、私の世話はこの母の声をベースにした合成音声で喋るロボがやっている。


 「お休みだぁ。」

 そう考えると眠るのが勿体ない気がする。

 だけどそれをえてやる。

 そっちの方がより休みを贅沢に使っている……気がする。

 「おやすみなさーい。」

 明かりを消して、誰に言うでもなくそう言って目を閉じた。


 箱が大きく揺れる。蓋を打ち破ろうと、箱を壊そうとして揺れ動く。

 しかし、空海はそれに気付かない。彼女はもう眠ってしまったのだから。






 「渡さない。私の空海は渡さない。うふふ、あはは、あははははははははは!」

 黒い箱に入り、娘に伸びる手を一身に引き受け囚われた空海の母……母役の女・・・・が手錠をされながらも笑っていた。

 「マッドめ。お前のその実験で一人の人生が、世界が、ちっぽけな立方体で終わってるんだ!」

 手錠をされた女の笑いで怒りに燃える男。

 燃えるそれは目の前の外道へのもので、同時に解放させてあげられない自分の不甲斐なさへの怒りでもあった。

 この女の名前は…忘れた!口にしたくもない!

 この女の所属していた組織はあちこちの病院から知能の高くなりそうな子どもを片っ端から誘拐して、その子ども達を真っ黒な立方体の部屋の中に閉じ込めていた。倫理をクソ拭く紙くらいにしか思っていないイカれた自称研究者と一緒にな。

 閉鎖された隔離空間で自称研究者クソ野郎が子どもを育てて最高の頭脳を作り出す。そんな人権無視のイカれた誘拐犯の発想の名前は『キューブプラン』と言った。

 計12人の誘拐された子どもの内、11人は二年で全て捕まった。だが最後、この女が受け持っていた『BLUE』だけが見付からなかった。

 12年掛けて、クソ組織の連中を締め上げて、大量の人員を割いてやっと目の前の黒い箱を見つけた。

 だってのに、開けられない。

 「無理よ。このキューブは中からじゃないと開けられない!アンタ達が壊せるもんですか!」

 目を爛々らんらんと光らせて叫ぶ。かと思えば今度は急に穏やかになった。

 「この箱の中は人が数十年暮らせるようになっていてね、VRを利用した勉強カリキュラムアプリケーション『学校』にAI搭載の家事手伝いロボ『MAM』があるから幸せに生きていられるの。素敵でしょう?」

 胸ぐらを掴む。

 「出口は?お前はここから出てきたんだろ!その出口は何処だ⁉」

 「中にある黒い箱を開けるとその中が入口になっていてね、そこから簡単に出られるわ、自分から出ようとすればね。

 空海が自分から出て来ない限り、アンタ達の汚い汚い手は私の空海には届かないのよ!あの子には箱を開けないように言ってある!無駄なのよ!」

 ケラケラと笑う。




 小さな一つの部屋。そこには私と、母の声を模したロボ、そして黒い箱がある。

 私の名前は空海そらみ。青い空と青い海の様に美しくあってほしいという母の願い、らしい。

 でも私にはよく解らない。

 青い空と青い海なんて、ここには無いのだから。

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