もと

箱々

 赤い箱を開けると白い箱が出てきた。白い箱を開けると緑色の箱が出てきた。緑色の箱を開けると黄色い箱が出てきた。黄色い箱を開けると青い箱が出てきた。青い箱を開けるとピンク色の箱が出てきた。ピンク色の箱を開けると茶色い箱が出てきた。茶色い箱を開けるとオレンジ色の箱が出てきた。オレンジ色の箱を開けると黒い箱が出てきた。黒い箱を開けると中は空っぽだった。

 腹が立ったので黒い箱をオレンジ色の箱に入れて、オレンジ色の箱を茶色い箱に入れて、茶色い箱をピンク色の箱に入れて、ピンク色の箱を青い箱に入れて、青い箱を黄色い箱に入れて、黄色い箱を緑色の箱に入れて、緑色の箱を白い箱に入れて、白い箱を赤い箱に入れて、赤い箱を妻に渡した。

 喜んだフリをしている妻が赤い箱を開けると白い箱が出てきた。まだ喜んでいるフリをしながら妻が白い箱を開けると緑色の箱が出てきた。早速無表情になった妻が緑色の箱を開けると黄色い箱が出てきた。無表情のままの妻が黄色い箱を開けると青い箱が出てきた。頬がピクリと痙攣した妻が青い箱を開けるとピンク色の箱が出てきた。チラッとこちらを見た妻がピンク色の箱を開けると茶色い箱が出てきた。軽くため息をいた妻が茶色い箱を開けるとオレンジ色の箱が出てきた。心なしか顎をクイと上げた妻がオレンジ色の箱を開けると黒い箱が出てきた。また無表情になった妻が黒い箱を開けると札が出てきた。咄嗟には数えられないぐらいの1万円札、現金じゃないか。なんだこんにゃろめ。妻は見た事のない笑顔で涎やら何やらを垂らしながら「ありがとう」と泡を吹いた。なんだそれは、どうしてそんな。嬉々として札を数え始めた妻は醜い。こんなに醜く破廉恥な妻をめとった覚えはない。それは俺の金だ、俺が受けるべき恩恵だった、先に箱を開けたのは俺なのだから。

 だから妻を殺して黒い箱に詰めて、黒い箱をオレンジ色の箱に入れて、オレンジ色の箱を茶色い箱に入れて、茶色い箱をピンク色の箱に入れて、ピンク色の箱を青い箱に入れて、青い箱を黄色い箱に入れて、黄色い箱を緑色の箱に入れて、緑色の箱を白い箱に入れて、白い箱を赤い箱に入れて、煙草に火をつけた。一服。煙草を消して珈琲を一口、さて札を数え始めようか。俺は妻とは違う。全ての札をキチンと並べて積んでから百ずつの束にしていく。角は揃える。数え終えた。1万円札が9996枚だった。元の数を知らないが、もしや多分おそらく十中八九は間違いなく4枚足りないのではないかと思う。心当たりは、妻。よく確認もしないで箱に押し込んでしまった。卑しくも札を数えていたのだから、あの手に数枚、もしくはポケットに数枚、もしくは服の中に数枚、否、数枚ではなくキッチリ4枚隠していてもおかしくはない。隠していたのだろう。隠されたのか。

 俺は赤い箱を開けて、白い箱を開けて、緑色の箱を開けて、黄色い箱を開けて、青い箱を開けて、ピンク色の箱を開けて、茶色い箱を開けて、オレンジ色の箱を開けて、黒い箱を開けたが中は空っぽだった。空っぽだった。なんてことだ。妻に4万円も持っていかれた。珈琲を一口、煙草を一吸い、頭をかきむしりながら逆立ちをしてみた。手が増えた気がするが、今はそんな事より4万円を失った悲しみと悔しさに震える。頭をかきむしり逆立ちをしながら煙草を消してまた火をつけて涙と鼻を拭く。手が増えた気がする。4万円あれば美味しい肉や良い刺身が食えたのではないか。いや、旅行に、近場の温泉に一泊も出来たのではないか。もったいない。

 俺は黒い箱をオレンジ色の箱に入れて、茶色い箱に入れて、ピンク色の箱に入れて、青い箱に入れて、黄色い箱に入れて、緑色の箱に入れて、白い箱に入れて、赤い箱に入れて、その赤い箱をガムテープでグルグル巻きにした。封をした。もう開ける事もないだろう。こんなに憎たらしい思いをいだくぐらいなら、箱の事は綺麗サッパリ忘れよう。それでもやっぱり4万円、惜しかったなあ。旨い料理、良い酒、温泉旅行、惜しかったなあ。ああ、煙草もカートンで買えたなあ。煙草だけは止めろと口煩くちうるさく言われたなあ。二人で安い温泉ぐらい行けたよなあ4万円あれば。シトシト流れる涙を拭き、頭をかきむしり、尻をボリボリ掻き、煙草に火をつけて、珈琲を飲んで逆立ちしたら鼻から珈琲が出てきた。拭う。手が増えた気がする。この涙はどういう感情で止まらないのだろう。逆立ちをしているから、ちらほらと灰が目に入ってくる。痛い。珈琲が通った鼻も痛い。涙が出てきた。なんだ、この涙か。深く考えようとして損をした。損をしてばっかりだ。

 俺は煙草を消して、煙草に火をつけて、珈琲のおかわりを注いで、頭をかきむしったせいで抜けた髪の毛を拾い、煙草に火をつけて、珈琲を飲んで、赤い箱を持って、鼻から出た珈琲を拭いて、髪の毛をごみ箱に捨てて、煙草に火をつけて、腹をボリボリ掻いて、窓を開けて、煙草に火をつけて、逆立ちを止めた。手は増え続けている。

 さて、目一杯の投球フォームで赤い箱を窓から投げる。誰か拾え。誰か幸せな奴が俺と同じ目に遭えばいい。誰か4万円、失くしてしまえ。




 タイトル

 『9996万円を手に入れた男の話』

 おわり。

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