箱を開けるな
武州人也
戒め
年の瀬のこと。実家に帰省した僕は片づけを手伝っていた。手伝っていた、といっても、父と母は買い物に出かけてしまったから、家には僕一人だ。
父が倒れたのをきっかけに、いろいろと家のことを整理しようということになったのだ。今でいう終活のようなものかもしれないが、当時にそんな言葉はまだなかった。
僕は倉庫の鍵を開けた。中に入ると、途端に埃で鼻の穴がムズムズし出した。
「うわっ……懐かしい……」
倉庫の奥に、金属バットが立てかけてあった。グリップテープが手垢で黒ずんでいて、しかも剥がれかかっているところに年月が感じ取れる。バットを手に取ると、金属の冷たさが伝わってきた。昔は友達とよく野球して遊んでたけど、今その公園は球技禁止になっちゃったんだっけ。
バットを元に戻した僕は懐かしい気分に任せて、スチールラックに乗っているものを片っ端から引っ張り出してみた。キックボードとか、車のおもちゃとか、子どもの頃に遊んだ品々がどんどん出てくる。
そんなことをしていると、スチールラック中断の奥に、ボロボロの紐で巻かれた古びた木製の箱を見つけた。蓋には何か札が貼ってあるけど、文字は煤けて読めない。はて、これはなんだろう。
手にとってみると、なんだかおどろおどろしい感じがしてくる。前に匿名掲示板で見た怪談……片田舎の家に伝わる恐ろしい呪術道具の話が脳裏によぎった。
見なかったことにしてスチールラックに戻した方がいいんだろうけど……気になる。見なかったら見なかったで、この箱のことが気になって今晩眠れなさそうだ。
少し考えてみた僕は、封を解いて開けることに決めた。どうせ呪術の道具なんか出てきやしない。ばかげている。
蝶結びされた紐を解き、蓋を持ち上げる。いよいよ、中身が露わになる……
そのときだった。背後の扉が、突然音を立てて開いた。
「お前、その箱……」
振りむいた僕が見たのは、切迫した表情の父だった。見たことのない父の顔に、僕は少しギョッとした。
「その箱……」という言葉を聞いて、僕はサッと視線を戻した。箱の中には……分厚い紙の束が入っていた。
もしかして、呪いのお札か何か……?
「ああ、見られたか……」
「これ、知ってるの?」
「忘れるもんか。それはな、父さんの……」
「株式会社風来組……?」
紙にはそう印刷されていた。見てみると、どうやら箱に入っていたのは株券だったようだ。企業の株式なんて初めて見た。
「これ株? なんでこんなところに?」
「全部、父さんのせいなんだ。」
そうして、お父さんはこの株券について話してくれた。
僕が小学六年生の頃、父は風来組という会社の株式を購入した。家族で海外旅行に行くためだったそうだ。しかしこの株は機関投資家の大量購入によって株価が吊り上げられており、父はそうと知らず高値で掴んでしまった挙句、機関の売り浴びせによる暴落に巻き込まれてしまった。当然海外旅行もお流れになり、しょげた父は売るに売れなくなった株を箱にしまって放置したのだという。
株券の束の底には、乱れた文字で「
……あれから十年。病から回復した父はまだまだ元気そうだ。僕は必死に切り詰めたお金を投資に回して、海外旅行の原資を確保した。父が残した戒めの塩漬け株のおかげで、逸った投資をすることなく、堅実に資産を増やすことができた。
もう父も母も八十に届こうという年齢だ。まだ元気とはいえ、もしものことがないとも言えない。今度のゴールデンウィークに帰省するから、そのときに海外旅行に誘おうと思う。
箱を開けるな 武州人也 @hagachi-hm
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