ささくれ立ったドラゴン
武州人也
洞窟に棲む一頭のドラゴン
カリ……カリ……
右前足の爪で、左前足のさかむけた鱗をつまんで剥がそうとしている。でもなかなか剥がしきれない。ペリペリと剥がれていって傷口だけ広がっていく。痛い。むかつく。
剥がしきれないもどかしさで、イライラが溜まる。そういえばニンゲン、だっけ、あのヘンテコなサルモドキもめっきり来なくなった。硬い甲羅を身に着け、鋭い武器をひっさげて襲ってきたあのヘンテコ動物。一匹一匹はそこまで強くないというか、ぶっちゃけヒグマやトラの方がまだ手ごたえあるんだけど、頭がいいのか徒党を組んで高度な集団戦術をとってくる。うっとうしいことこの上ないけど、プチプチ潰してやると気持ちいいんだなこれが。
あー、なんか鬱憤が溜まってきたわ。洞窟でのぐうたら生活も飽きてきたし、そろそろ外でひと暴れしてみよっか。
のしのし歩いて、洞窟から出る。自慢の翼を羽ばたかせて、空高らかに繰り出した。日の当たらない洞窟と比べると、外は暖かかい。
最初に見つけた生き物は、荒れ地でドクハキイノシシを食っていたアオヒグマ。上空から急降下して、アオヒグマをぐしゃっと踏みつぶしてやった。即死したアオヒグマの肉を食ってみたけど、まぁまずいまずい。ドクハキイノシシの血をすすってラリッてるような獣はダメだね。
食い残したアオヒグマの死体を放置して、再び空に飛び立つ。しばらく飛んでいると、池に集まって水を飲むコガネジカの群れを見つけた。羽ばたきの音と上空の影に気づいたのか、彼らは蜘蛛の子を散らすようにてんてんばらばら逃げ出した。
その中の一頭に狙いを定める。砂煙を蹴立てて逃げるコガネジカ。黄金の毛皮が太陽の光を受けてまばゆく輝いている。高度を落として尻に掴みかかろうとしたそのとき……何者かが横から急降下してきて、狙っていたコガネジカを鷲掴みにした。
――ふざけんな! 横取り野郎!
心の中で、烈火の如き怒りが燃える。狙っていた獲物を地面に押し倒し、前足で押さえつけているのは、なんと同族だった。同族に出会うなんていつ以来か。前に年下のオスとタマゴ作ってから、五十回ぐらい季節が廻った気がする。
見たところ、コガネジカを横取りした同族は若いオスだった。若いというより、子どもに近い年ごろだろう。みずみずしい深緑の鱗が美しい。そういう時期だったらこのオスとタマゴを作りたかったけど、あいにく今はそんな気分じゃないのよね。それに獲物を横から奪うなんて許せないでしょ。
獲物の肉を食むのに夢中なオスに近づいて、背後からバカデッカい声で吠えてやった。オスはびっくり仰天、そのまま飛び去ってしまった。追いかけて翼の一枚でももぎ取ってやろうかと思ったけど、妙に逃げ足が速くて、とても追いつきそうにない。ちっ、臆病者め。
まんまと取り戻したコガネジカを食う。金色に輝く毛皮は、もう真っ赤に染まってしまった。さっきのアオヒグマとは比べものにならないほどウマい。程よく脂が乗ってて最高。
食事を終え、旅を続ける。低木がまばらに生える乾いた大地を抜けていくと、やがて石を積み上げてできた壁が見えた。この壁はニンゲンが作る巨大な巣か何かで、壁に囲われた中に無数のニンゲンが生息している。ニンゲンの巣は入れ子の構造になってるようで、壁の中には小さい巣がたくさんある。ニンゲンのねぐらは小さい巣の方らしい。
上空から、壁の内側を眺め下ろす。最初はこちらに気づかなかったニンゲンたちだったけど、次第に彼らはワーワー叫びながら走り回るようになった。明らかに怯えている。なんだか面白くなってきた。
低空飛行しながら、上空から炎を吐いてやった。小さい巣がたくさん燃えて、その中からニンゲンが出てくる。目についたニンゲンを突き飛ばしてやると、一撃で動かなくなった。ほんと弱いなこのサルモドキ。
別のニンゲンに目をつけ、首を伸ばして咥えようとしたそのとき、左前足に鋭い痛みが走った。
ものすごくイライラしたので、周りにあるニンゲンの巣を片っ端から燃やしてやった。それだけじゃスカッとしないので、ニンゲンを爪でズタズタに引き裂いたり、尻尾でベチンと叩き潰したり、上空に連れて行って放り投げたり……とにかく暴れ回った。
暴れて暴れて暴れ回って……ニンゲンの巣はめちゃくちゃになった。辺りには崩された巣の残骸と、倒れ臥せったニンゲンの死骸だけが散らばっている。
あースッキリした……そろそろ帰ろうかな。飛び立とうとしたそのとき、びゅうと強い風が吹いてきた。風に乗せられた砂が、左前足のさかむけたところに入る。
――
ささくれ立ったドラゴン 武州人也 @hagachi-hm
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