本日のミンナは箱だらけ

葛鷲つるぎ

第1話

 魔王が討伐されて、一か月が経っていた。


 討伐の報は瞬く間に世界中に広がり、魔王を倒した勇者を一目見ようと人が多く動き、旅の時代、箱物の需要が始まろうとしている。


 魔王を倒した当のミンナは、住居の内見をしていた。充分に知識を携えて内見に行ったはずだったが、最初の不動産でせかされたのを危険視したことは、警戒のし過ぎだったのかもしれないと思い始めていた。


 制限時間三分の、魔王討伐の儀。このために磨かれてきた即断即決の意志は新居を決めることにかけて、あまり役に立っていない。


 じっくり見定めるつもりが、ミンナが魔王を倒したことで観光需要が高まり、目ぼしい物件が軒並み埋まってしまったのは大誤算だった。


 そこまで来て、ようやく物件を即決することにしたミンナの新しい家は、王都からだいぶ離れた場所にあった。予定よりだいぶ程度が低い家になってしまった。


 引っ越し荷物を段ボールの箱に詰めながら、ミンナは自分の荷物の多さにため息をこぼす。まだまだ辺り一面、箱だらけだ。


「魔法習ってて良かった」


 でなかったら腰いわす。


 その場で指揮するように手を動かし、中身が詰まった段ボール箱を運んでいく。箱は宙を浮き上がり、どこどこ運ばれていく。


「多いわねぇ」

「おばあちゃん」


 ミンナは養い親であるエルフの老婆を振り返った。


 養母は金髪金目の長身で、およそ語り継がれるエルフらしい出で立ちだ。そしてエルフはあらゆる種族の中でも特に長命な人型種族であるため、その老人となるとかなりの年齢になる。


 エルフには安定した生活を求めて地主が多いが、土地の権利を持つと戦争に巻き込まれやすい。ミンナの育ての親は大昔に土地を奪われたきりだった。


 ミンナは育ててもらった恩にと、彼女に安住の地を贈るべく魔王を倒していた。魔王討伐の儀を行えば魔王領を自分の土地に出来ると知って、ミンナはがむしゃらに頑張ってきたのだ。


 その魔王を倒した後も、せっかく得た土地をまた奪われることがないよう、やるべきことはまだまだあった。


「余生を過ごすのに、ここでもう充分なのにねぇ」

「とか言って、エルフはとんでもなく長生きでしょ。エルフの平均寿命は誰も知らないし、おばあちゃん自身も自分の年齢を分かってないのに」


「この老婆よりも先に老いていくだろうと? お前の魂を納める肉体ハコを少しいじれば、エルフ並みの寿命が手に入るお前さんが」

「私は、私で一人だよ」


「そうだとも。お前はそれで魔王を倒した。だが、お前の魂には傷一つ付いちゃいない。今からでも解釈を変えて長生きしなさい。自らの手で手に入れた土地なのだから、自分のために使うんだよ」


「土地は余ってるので、自分のためにも使えるから。というか、おばあちゃんに追い出されなかったら、もっと早くに取り掛かれたのに」

「何を言う。お前はもうすぐ成人するのだから。魔王も倒したのだし、私の手から離れる時だよ」


 人間の成人年齢は十八。ミンナは今十七になる。黒と白のだんだら模様の長髪。ミンナは後ろに高く一つに結っていた。髪が長いのは足りない魔法の資質を補うためである。黒装束を着こみ、真っ白な刀を差している。


「国王が動かなかったら、まだのんびり出来たのに」


 恨むべし国王。ミンナは心の中でも悪態をついた。


「ほら、過ぎたことを言わない。それにしても、お前はどれだけ物を溜め込んでいたのやら。そりゃ好きにさせたけどもねぇ」


 エルフは部屋を見渡して、深々と息を吐いて呟いた。


 子供一人が所有するには明らかに多すぎる段ボール箱の数。生き急ぐように何でもかんでも貪欲に吸収する姿勢に思うところはあったが、他種族の子供だ。エルフはあまり深入りせず子供の生命維持に努めていた。


「……全部、入用だよ」


 ミンナはぼそっと言い返す。


「見たら分かるわよ。管理するのにまたどれだけ急ぐのやら。当座の生活費も工面できてるのかしら」


 エルフは金目から極彩色の精霊眼の輝きを放ち、段ボール箱の中身を見た。精霊眼は嘘を見破る。すなわち真実を見抜く魔眼である。その養い親の指摘に、ミンナは苦渋の表情を浮かべる。


 残念ながら、ミンナは箱を用意できていなかった。


 住居は長期滞在者との取り合い負け、資金調達に活用するはずだった店の用意は行政と商人との取り合いに負け、魔王を倒した勇者の現状は将来を憂う有様であった。


 それもこれも王国が領土を主張し始めたのがいけない。ミンナが契約魔法を当てにしていたように、国王も同じような契約魔法を行使しようものなら。


 そんな危機感から軍が本格的に動き始めたのを決定打に、ミンナは儀式を敢行したのだった。


 魔王を倒すための準備は、すでに万端だったのが不幸中の幸いだ。


「これで全部?」

「うん」


 エルフに問われ、ミンナはうなずいた。


 空間魔法で空けた穴から引っ越し荷物を新居に送り終えたのは、太陽が夕陽になる頃だった。朝から始めたから、ずいぶん時間がかかっている。


「つかれた……」


 ミンナは引っ越し作業をすべて一人で行っていた。


 何日も前から片っ端から荷物を段ボール箱に詰めて、詰め終えたら新居に運び込む。それも今日で最終日。一段と大変な一日だった。


 養い親は紅茶をすすって見ているだけだった。多少、休憩を促されはしたが。


「お疲れ様。私はしばらくここに居るから、何かあったらすぐに来なさい」

「うん」


 ミンナは今一度うなずいた。


 荷物が運び出され空っぽになった自分の部屋。その向こうに広がる新居の大荷物。


 空間を跨げば辺り一面、箱、箱、箱。今度は開封作業が待っていると思うとげんなりするが、荷物をそっくり移動させる魔法を使えないので致し方ない。


 ミンナはため息をこらえながら振り返った。


「じゃあ、おばあちゃん。また」

「ええ、また」


 エルフは微笑む。


 ミンナは名残り惜しみつつ、空間魔法を閉じる。


 そうして、少女の新しい人生は始まった。



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本日のミンナは箱だらけ 葛鷲つるぎ @aves_kudzu

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