ただの空箱に非ず

佐倉伸哉

本編

 我が家には、幾つかの空箱からばこがある。

 その多くは目的の物を梱包こんぽうしたり包装したりした物で、中身が無事に届けられ受け取られているので役目は既に終えている。

 あくまで箱の中身がメインであり、用の済んだ空箱は置いておいても嵩張かさばるだけ、ゴミとして処分するのが普通なのだが……価値が無い筈の空箱があるのはどうしてか。

 例えば。

「ママ―、お手紙ー」

 娘が学校から帰ってきた際、郵便ポストの中に入っていた手紙を持ってきた。差出人は遠く離れた地に暮らす友人。じっくりと読み進めてから、自分の部屋にある文箱ふばこへ。

 大切な友人から頂いた洋菓子詰め合わせの空箱。結婚祝いの返礼に贈られたのもあるが、ちょっと良いトコなだけあって箱自体がしっかりしている上に外装もオシャレだ。今ではちょっとした物を入れておく小物入れとして日常に溶け込んでいる。

 また、ある時は。

 手紙で想い出を振り返りたいと思い、箪笥の中に仕舞ってあった空箱を取り出す。

 卒業旅行で訪れた京都で購入した扇子の箱。使い道は無いに等しいけれど、どうしても捨てられない。ふたけた時にフワッとかおる独特の薫りで、あの時に旅した京都の想い出がよみがえってくるから。自分用のお土産と普段使いで扇子は使っているけれど、空箱はまた違った意義を持っていた。


 他の人からすればゴミにしか見えなくても、当事者が大切に取っておくのは何かしらの理由があるからだ。勿論“捨てるのがめんどくさい”という理由や“後で何かに使えるかも知れない”と安易に溜め込んだりするケースも中にはあるかも知れないが、“用が済んだから捨てる”というのはちょっと悲しく思う。

 箱は中身を包む物だが、ここに至るまでちょっとしたドラマや背景があったかも知れない。思い入れがある分だけ捨てるのは躊躇ためらわれる。そうした要素を思い起こすキーとして、用途を変え形を残して、空箱は第二の人生を歩む。

 中身は空かも知れないけれど、この中には想いが沢山詰まっている。

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ただの空箱に非ず 佐倉伸哉 @fourrami

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