まごころの、かいき
サカモト
まごころの、かいき
遠く離れて暮らす幼馴染の友人へ、宅配便にて誕生日の品を贈ることにした。
友人が好んで読むだろう、書籍である。辞書のように太く分厚く、装丁も凝っていて面白く、美しい。書店で見つけ、購入した。
この本の装丁を目した友人は、きっと、発狂せんばかりに喜ぶだろう。そういう種類の友人だ。
宅配にて送るため、箱を用意し、自宅にて梱包を作業を行った。
ところが、いざ書籍をおさめると、指一本ほど右側に隙間があいてしまった。これでは、輸送の際、ぐらついてしまう。そうなれば、この見事な装丁にもキズがつきかけない。
本は心であり、となれば、キズついた心で贈るわけにもいかない。
なにか隙間を埋めるものはないか、と思い家の中へ視線をめぐらしたものの、なにも見つからない。梱包材になるよう新聞等々がない。
どうしたものか。隙間は指一本ほどとはいえ、ここは看破梱包材を買いに行くべきか。
考えて、窓の外を見る。
外は嵐だった。雷もなっている。
外部からの資材の補給は、困難を極める状況だった。
どうにか、この自宅空間内にあるもので、決着をつけられないものか。今度は立ち上がって、家中を探した。しかし、いくら戸棚をあけて回っても、適切な素材はみつからなかった。
「梱包材代わりのひとつもないのか、この家は」独り言を放つ。「シケやがる」
悪態をつく。とはえい、悪態では解決不可能な問題だった。
それに自分で自宅を愚弄するのは、自滅ともいえる。
ふたたび、外を見る。
外はやはり、嵐だった、雷もさっきより鳴っている。
箱と本の隙間を見る。とうぜん、人差し指ほどの幅があいたままだった。
なにか、ぐらつき防止のため、この隙間を詰める代物はないか。
そうだ。
思いつき、机に座る。
手紙を添えよう。書いて、あの隙間に入れよう。決めて、ささやかな時間を投じ、嵐の中、友人への手紙をしたためる。
一枚ほど書き込み、封筒へ入れた。
箱と本の隙間へ差し込む。しかし、まったく、幅が足りない。
そうか、もっと手紙に厚みがいる。しかも、これは、けっこう、書かなければ必要な厚みにならない。
さっそく、手紙の長編化を図る。外は嵐の音が聞こえた。雷も暴れている。
直後、大きな雷鳴が起こり、停電が起こった。部屋が暗くなる。しかし、電気不在に負けるものかと、息まき、懐中電灯の明かりで手紙を書き続けた。やがて、分厚い手紙が書きあがった。内容は、友人とのはじめての出会いから始まり、今日に至るまで、ありったけを書いた。
隙間へ差し込む。
しかし、今度は手紙が分厚過ぎて、差し込めない。筆が進み過ぎた。
しまった、文才に呪われた。
では、手紙の分量を減らそう。
いやいや、でも、せっかく書いたものを省くのは惜しい。
そのとき、ひらめいた。
まず、手紙の後半の書面を抜き取り、残りを箱と本の隙間へ入れる、これは丁度良い厚みだった。
そして、箱の中へ入れることができなかった手紙の後半部分は梱包箱の側面へ、直接でペンで書いて転記した。箱の上、側面、底へと、文章をみっちり書き込む。
手紙の続きは、箱の外装で読めるように。
こうして。
耳なし芳一、のような外装の箱が完成した。
耳なし芳一。
怨霊から逃れるため、全身に経文を書き込んだという物語―――耳なし芳一。
きっと、この箱を送れば、友人が、自分から逃れてくだろう。
いや、友人が耳なし芳一を知っていれば、あるいは。
はやり、知らない可能性もある。ならば、もはや、しかたがない。
当初送ろうとしていた本を箱から抜き取った。
そして明日、本屋へ行って、耳なし芳一の本を買い、それをこの箱で贈ろう。
まごころの、かいき サカモト @gen-kaku
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