四 行く先の 道もおぼえぬ 五月闇 くらゐの山に 身は迷ひつつ

 放課後――。


 部室が使えなかったので一史は以前使った空き教室に向かった。

 中を覗くと弥奈と、聡美、相子、由衣がいた。

 一史も入ろうとした時、聖子と耕太が前後してやってきた。

 これで全員揃ったことになる。無事な部員は。


「先生の話、聞きましたか?」

 由衣が言った。

「うん」

「先生は関係ないんですよね? 廊下で倒れたって聞きましたし」

「枕詞の紙が見付かったかどうかは聞いてないけど……」

 由衣に耕太が答えた。

「でも先生も枕詞だし」

「え!?」

 聖子の言葉に由衣と耕太が同時に声を上げる。


「一年の朝霞さんはともかく、尾上君は驚いちゃダメでしょ」

 聖子が言った。

「ごめん……」

 耕太が謝る。

 由衣が二年を上目遣いで伺うように見た。

 分からないからだろう。


「『いはばしる』だよ」

 一史が教えた。

「『垂水』って入ってた? 例の連想ゲームってこと?」

 耕太が訊ねる。

 由衣も聞きたそうな表情を浮かべている。


「連想……なのかな。地名だけど」

 一史が考え込むような表情を浮かべると、

「『垂水』って地名が滝に由来して付けられたんじゃない?」

 聖子が言った。


「『いはばしる』は水がほとばしってるって意味から『滝』、滝から『垂水』だから連想ゲームと言えば連想ゲームかな」

 一史が言った。

「あとは水飛沫みずしぶきの泡から近江とかそんな感じね。『いはばしる』の被枕は頻出だから『垂水』も出るわよ」

「うっ……」

 聖子の言葉に耕太が声に詰まる。


「まぁ、なんにせよ、俺達全員被枕だし」

 一史が言うと、

「え、朝霞あさかはいないんじゃ……」

 相子が動揺したように言った。

朝霞あさがすみは枕詞の方でしょ」

 聖子が言った。


 志賀さんはホントに知らなかったのか……。


 一史は聖子にチラッと視線を走らせた。

 てっきり知っていて黙ってたのかと思ったのだが。


「『あさがすみ』だと枕詞だけど『あさか』なら『玉藻刈たまもかる』と『人心ひとごころ』の被枕だよ」

 一史が言った。

「じ、じゃあ、部員は全員被害者になるかもしれないって事ですか?」

「無差別ならな」

 相子の言葉に答えるように紘彬の声がして部員達が振り返った。


 ドアが開いていて紘彬と如月が立っていた。


「揃ってるな」

 紘彬の言葉に、

「刑事さん、先生は……」

 弥奈が訊ねた。

「まだなんとも……」

 紘彬が言葉を濁す。

「枕詞の紙はあったんですか?」

 耕太の質問に紘彬が頷いた。


「なら、無差別って事じゃ……」

 耕太が言い掛けると、

「垂水先生は結城さんの担任でしょ」

 如月が言った。

「で、でも、小野さんや大宮君はクラスが……」

「小野さんが関係あるかは分からないけど――大宮君は事故だよ」

 如月がそう言うと、

「言い切れるんですか?」

 相子が訊ねた。

 紘彬はそれには答えずに窓際に目を向けた。


「それ、わざわざ用意したんだろ。飲まないのか?」

 紘彬が一史達の背後を指して訊ねた。

 その言葉に部員全員が振り返る。

 棚の影に隠すような形で二リットル入りのお茶のペットボトルが置いてあった。


「いつも部活でお茶なんて飲みまないのに誰が……」

「ふぅん、じゃあ、なんでここに?」

「さぁ?」

 弥奈が首を傾げた。

「もしかして、君が持ってきたの?」

 如月の問いに相子が慌てて首を振る。


「でも、それ鞄の中に紙コップじゃない?」

「え!?」

 相子は慌てて鞄を見下ろしてハッとした表情になる。

 鞄のファスナーはしっかりしまっていて中は見えない。


 鎌を掛けたのか……。


 そして相子の反応からすると――。


「お客さんがいるんだし、お茶があるんなら出した方がいいんじゃない?」

 弥奈は相子の様子に気付かないらしくそう言った。

 その言葉に相子の顔が青ざめる。


「ちょっと……嘘でしょ……」

 聖子に言われた相子が、

「ち、違います!」

 否定するように手を振る。

「まさか刑事さんを殺したらマズいから思いとどまったとかじゃないでしょうね」

 聖子が詰問するように言った。


「『たまもかる』を用意してなかったんだろ。知らなかったから」

「え!? 次は朝霞さん!?」

 耕太が驚いたように声を上げる。

「違います!」

 相子が必死で否定する。


「他の部員達は殺す気なかったんだろ。もう殺したい相手は殺したから」

「ただ垂水先生で終わったら狙いに気付かれるかもしれない。それで最後に全員を狙って失敗した振りをするつもりだった」

 紘彬と如月が言った。

 垂水は助かりそうだが共犯がいないという確証が得られるまでは言いたくない。

「でもなんで……」

 弥奈が理解出来ないという表情で呟く。


「垂水先生と結城さんはともかく、小野さんは? 小野さんも君をイジメてたの?」

「え、イジメ? 春日さんと小野さんは仲良かったのに……」

 弥奈が聞き返した。

 相子が小野に手を掛けるとは思えなかったからだろう。


「明奈ちゃんを殺したのは私じゃない!」

 相子が激しく首を振った。

「やったのは仁美。明奈ちゃんは仁美にイジメをやめるように言ってくるって……そしたら口論になったんだって」

「見てたわけじゃないの?」

「私は学校休んでたから……」


 あの日、明奈から仁美にやめるように注意するというメッセージが来た。

 聞いてくれなければ先生に言うからとも。


 けれど次の日、学校で亡くなったと聞いた。

 話によると発見された時、まだ息が合ったらしい。

 もっと早く発見されていれば――。


 もし相子も一緒に行っていればすぐに人を呼ぶことがで来たかもしれない。


 そうすれば明奈ちゃんを助けられたかもしれなかったのに……。


 その後、部室を掃除している時に『あさじうの』の紙が見付かり朝霞が見立てだと言い出した。

 そして大宮が事故にあったというニュースを聞いた結城は、部室に『ももしきの』の紙を置いた。


「『ももしきの』は結城さんが置いたの?」

 如月が聞き返した。

 それは予想外だった。

「その上、『はるひの』の紙を入れたって……」

「結城さんが?」

 紘彬が確認するように訊ねる。

「じゃあ、『あさじうの』は偶然だったんだ」

 如月がそう言うと相子は頷いた。


 相子は結城に使い走りにされていた。

 結城が死亡した日も前日に学校に来るようにと結城に命令されていた。

 もうかばってくれる明奈もいない。

 どうしようかと思った時、来るようにという念押しの通話で結城が「見立て」の事を言ったのだ。

 そして――。


「『はるひの』を入れたって。だから学校に来なかったら次の犠牲者は私だって」

「…………」

「どういう意味なのか聞いたら学校に来れば教えるっていうから……」

 怖かったのと、小野の最後を知っていそうな口振りだったので渋々登校したのだという。


 翌日――つまり結城の死の前日――。

 案の定、昼食を買いに行かされた。

 相子は昼食を買ってくると結城に「見立て」の詳しい話を訊ねた。


 すると、明奈と口論になって突き飛ばしたことや、『あさじうの』の紙が見付かったことや、そこから大宮の事故死を聞いて『ももしきの』を置くことを思い付いたと得意気に話した。


 明奈を死なせておきながら「見立て」殺人という事にして罪を逃れる気だと知って許せないと思った。

 相子は明奈を助けられなかったことを悔いていたのに結城は全く罪悪感がない様子で自分は賢いと自慢している。


 許せない……。

 仁美が死ねば良かったのに……。


 結城は聖子に自分と朝霞は被枕ではないと言われて焦ったとも話していた。

 しかし『結ふ』なら『くさまくら』の被枕だ。

 結城はコンビニのコピー機で『はるひの』をプリントアウトしたと言っていた。


 それで自分が自殺するために用意していた毒を使って結城を殺害することを思い付いた。

 結城が昼食を食べている時、隙を突いて毒を仕込めば――。


 元々結城自身が罪を逃れるために使った手なのだから迷宮入りになっても自業自得だ。

 そう考えて翌日、学校に毒を持参し、部室で昼食を取ろうと誘った。

 そして結城がスマホで誰かとやりとりをしている隙にサンドイッチに毒を仕込んだ。

 結城が倒れると鞄に『くさまくら』の紙を貼り付けた。


 部室に大宮の枕詞『ももしきの』と書いた紙が置いてあったから連続殺人だと思われている。

 結城を殺した後、『くさまくら』を置いておけば警察は一連の連続殺人だと考えるだろう。

 相子は『あさじうの』と『ももしきの』の紙には触っていないから指紋は付いていない。

 小野を殺した犯人は結城だから自分は疑われない――。


「いやいやいや。警察もそこまでバカじゃないぞ。別々の犯罪が同一犯に見えることがあるって事は知ってるから」

「動機を調べて同一犯が考えづらいとなれば偽装工作を疑うし」

模倣犯もほうはん愉快犯ゆかいはんが捜査を攪乱かくらんしようとするのは珍しくないからな」

 とはいえ、小野と大宮の関係を調べていて手間取ってしまったのだが。


「先生は? どうして……」

 弥奈の問いに、

「ずっと前に仁美にイジメられてるって相談してたのに何もしてくれなかった……先生がなんとかしてくれていれば明奈ちゃんが仁美に殺されることもなかったのに……」

 相子はそう言うと少年課の刑事に伴われて出ていった。


「気付いていればなんとかしてあげられたのかもしれないのに……」

 弥奈が落ち込んだ様子で言った。

 一史はどう答えればいいのか分からなかった。

 結城が倒れていた時は既に息がなかったという話だから弥奈や自分には何も出来なかったと言えた。

 だが相子や結城とは一ヶ月近く一緒に部活をしていたのだ。

 出来る事は無かったとは口が裂けても言えない。


「そう思えるなら次は誰かを助けられるだろ」

 紘彬の声に一史は顔を上げた。


 いるの忘れてた……。


 というか、少年課の刑事と一緒に行ったと思っていた。


「イジメは対応が難しいけど……それでも誰かが困ってるかもって思ったら声を掛けてあげて。それだけでも大分違うから」

「大人の助けが必要だけど教師が当てにならないと思ったら俺に連絡してくれ。ここの卒業生だから連絡先は先生に聞けば分かるはずだ」

 紘彬はそう言うと如月と共に出ていった。


 今はプライバシーに関することは簡単には教えてもらえないんだけど……。


 一史がそう思った時、弥奈が肩を突いた。

 振り返って弥奈が指している方を見ると机の上に紘彬と如月の名刺が置いてあった。


       完

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栂の木の 月夜野すみれ @tsukiyonosumire

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