【KAC20243】ケーキの箱。

雪の香り。

第1話 女子大生の憂鬱。

ケーキの入った箱が苦手だ。

小学生の頃に隣家のOLとした会話を思い出すから。


「女の子はクリスマスケーキなんですって」


OLが切り出したのは、なんでもない雑談。

小学生だった私が「クリスマスケーキ?」と首を傾げると、OLが続ける。


「クリスマスケーキは12月25日まではもてはやされるけど、翌日になると値引きシールが貼られて店からは『はやく売れろ』とばかりに厄介な商品扱い。女の子もね、25歳くらいまではチヤホヤされるけど、26歳以上になると『オバサン』扱いになるのよ。私ももう会社ではお局様として若い娘からは嫌われて、上司のオジサンからも『寿退社はいつになるのかね』なんて冗談めかして言われる。まったく、やってられないわよ」


私はショックだった。

その隣家のOLさんはまだ三十路前で、色っぽい綺麗な女性として私のあこがれの対象だったから。


あれから少ししてOLさんは転勤かなんかで引っ越し、あとにはクリスマスケーキを見ても心躍らなくなった私が残された。


いつまでも小学生ではいられず成長し、私ももう卒業間近の女子大生。

道行く人がケーキの箱を抱えて歩いているのを見ると、あの話を思い出して絶望してしまう。


一般的にはケーキとはしあわせな時間の象徴だろうに。

クリスマスソングが流れる商店街を俯きながら早足で歩いていると、幼い女の子の声が響いてきた。


「クリスマスだけじゃなくて、毎日ケーキが食べられたらいいのに!」


おそらく母親だろう女性が「食いしん坊ね」とくすくすと笑っている。


女の子は「単なる食いしん坊じゃなくて、ケーキが好きなの!」と地団太を踏み、母親は「毎日クリスマスならいいのにね」と返す。


すると女の子はイラ立った様子で告げる。


「そうじゃない! もう! なんでクリスマスのケーキは特別扱いなんだろう。ケーキはケーキなのに」


私はハッとした。

クリスマスのケーキも、普通の日のケーキも、名前が違うだけで中身は変わらないのだ。


女の子も、25歳までは「若い娘」扱いされてそれ以降は「オバサン」とされても、女という性別自体は変わらない。


それに、この女の子が「クリスマスケーキ」を「ケーキはケーキ」と一刀両断したように、若い娘だから好きなのではなく「その人がその人だから好き」なのだという人もいてくれるはずだ。


卒業して女子大生でなくなったら、私の価値は下がるのだと思い込んでいた。

けれど「私は私」なんだ。


たとえこの先周囲にクリスマスケーキ扱いされても、「ケーキはケーキ」と断言する女の子のように、年齢でなく私自身を見てくれる人だってきっといる。


私は顔を上げた。

そしてほぅっと息を吐く。


私はもう、ケーキの箱をおそれない。




おわり

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