匣という名の箱

深川我無@「邪祓師の腹痛さん」書籍化!

触れるのは構わない。だが決して開けてはならない。

 美しい漆塗りのその箱は、ぞっとするような光沢を放っている。


 薄汚れた雑居ビルの五階、心霊解決センターのローテーブルの上にその箱はあった。


「先生……なんですか? この箱?」


 おずおずと尋ねる助手の女の顔は、ひどく強張っている。


 なぜなら万亀山まきやまかなめは、知っているから。


 雇い主であるこの男のもとに集まる物品の数々が、ただの骨董品などで有る筈がないことを。


 男は口元に妖しい笑みを浮かべて言う。



「知りたいか? 


「亀じゃありません! かなめです!」


 ムッとした表情で言う助手を無視して男は続けた。


「これはという名の箱だ。曰くには事欠かない特上品と言える…」


「呪いの箱ですか…? わたし、古い箱ってなんだか怖いんですよね…」


 そう言ってかなめは箱を見つめた。


 見つめるうちに、その箱には継ぎ目が無い事に気づく。


「これって、何処から開けるんです…?」


 思わず好奇心から口が滑る。


 男はゾッとするような笑みを浮かべた。


 その眼の奥に揺れる炎のような揺らめきに、かなめはゴクリと唾を呑む。


「それはこの匣を開けた者にしか分からない。触れても構わない。だが決して開けてはならない。この箱にまつわる情報はただそれだけだ……」


「それでも人間は不思議なもので、この箱に固執してきた。なんとか箱を開けようとしてきた。中には壊そうとする者もいたそうだが、そういう者は必ず気が狂って死んだらしい。自らを小さな箱に詰め込んでな…」


 男は立ち上がると窓のブラインドを開けた。


 しかしすぐ隣に建つビルに遮られて、陽射しはほとんど入らない。


 コンクリートの壁を見つめる男の意図が分からず、かなめは再び匣へと視線を戻した。



 とろり……。


 漆の闇が滴った。


 ローテーブルの上に墨よりも深い闇が、水溜りをつくっている。


 やがて、存在するはずの無い、開くはずの無い蓋がゆっくりと回転して、匣の中に押し込められた呪いが指先を現す。


 真っ白な女の指。


 それは蓋に爪先を引っ掛けて、ずるり。ずるり。と隙間を押し広げていった。



ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい


 心臓がばくんばくんと脈打って、全身に冷や汗が伝う。


 先生…!!


 助けを求めようとした口からは、パクパクと掠れた息が漏れるだけだった。


 匣からは、呪いが腕まで這い出て男の方へへとゆっくり伸びていく。


 意識が消えそうになったその時、パチン…と小さな音がした。



「おい。


 目を開くと、男が匣の上に手を乗せこちらを見ていた。


「先生……!? 呪いが…!!」


「何が見えた?」


 男は小さな声で尋ねる。


「白い腕が現れて……先生の方に…」


 男は黙って何かを考え込んだあと、静かに口を開く。


「魅入られたんだ。この匣の持つ恐怖に」


「先生には……何が見えるんですか?」


 男はその言葉に目を見開くとかなめに近付き不意にチョップを見舞った。


「痛ったぁあ!? 何するんですか!?」


「魅入られるバカタレにはがいる。行くぞかめ!! 依頼が来てる」



「亀じゃないです……! かなめです!!」


 コートを手に取り、ずんずん出口に向かって歩いてく男を、助手の女が追いかける。


 男はそんな助手の気配を背中に感じながら、先ほどの光景を思い出す。




 俺の目には…


 お前が殺されるところが見えた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




こちらは、代表作【邪祓師の腹痛さん】の世界線で描いたショートストーリーになります。


腹痛さんの世界観に触れて頂ければ幸いです。


本編は下記リンクからどうぞ。


https://kakuyomu.jp/works/16817139555499753150

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