【KAC 20245】  はなさないで

小烏 つむぎ

【KAC20245】 はなさないで

 バタン!


 美鳥はけかけた居間のドアをそのまま素早く閉めた。


 コタツの上掛けのそばで、美鳥の愛猫ハチワレのマロンが妙にキチンと座って前足の下に何かで押さえてつけていたのだ。


 以前マロンがあの態勢でいた時は、かの悪名高い害虫Gを捕まえていた。その前は確か雀だった気がする。その前はコオロギか何かで、Gと勘違いした美鳥と母親が大騒ぎした記憶がある。そしてその前はコタツで寛ぐ父親に蝶か蛾を献上していた。


 今チラッと見ただけたが、マロンの足の下は茶色でも黒色でもなかった、……ような気がする。白っぽいというかむしろ薄茶色の何かだったと思う。


 美鳥はひとつ深呼吸するとそっとドアを薄く開け、最高の猫なで声でマロンを呼んだ。


 「マロンちゃん、その足を上げないでね。

そいつをよ。ね、わかるよね。マロンちゃん、お利口だから」


 マロンは身体中の毛を逆立て耳を伏せていて、たいそう不機嫌そうに見えた。美鳥はマロンの足元のが見たくもないだった場合を考えて、マロンの可愛いハチワレのおでこだけを見つめて話しかけた。


 「マロンちゃん、いい子ね。そのまま。そのままよ。ソレをだからね」


 美鳥ははたから見ると相当怪しげな動きでそっと部屋に入ると、後ろ手に出来るだけ静かにドアを閉めた。


 ふっとマロンが片足を上げそうな気配を感じて、思わず美鳥は声をあげた。


 「ステイ!!!」


 しかし犬ではなく正しく猫だったマロンはその制止の声に反応しなかった。前足を上げると気持ち悪そうにピピっと振った。


 「ぎゃー!」という美鳥の叫びは次の瞬間、「あぁぁ??」という微妙な疑問の声に変わった。


 マロンの足、正確には爪になにか引っかかっている。薄い茶色のふわっとした、あれは!


 それは美鳥のストッキングであった。しかも足首のところに可愛い刺繍のついた、ここ一番の時に履くヤツである。先週の合コンで履いてから見ないなぁと探していたストッキングだ。無い無いと大騒ぎした、そういうストッキングなのだ。


 なんでマロンが? と、思いつつ美鳥は素早くマロンを押さえつけた。細心の注意でマロンの爪から絡んだストッキングを外していく。

 

 そう言えば合コンでうまくいかず、コタツでグダグダしながらストッキングを脱いだような記憶がうっすらある。そのままコタツの中で埋もれていたのだろうか。

 

 美鳥の勝負ストッキングは、彼氏ではなくマロンを捕まえたようだった。


 ◇ ◇ ◇


 マロンはたいそう不機嫌だった。コタツの中でコロコロと幸せを満喫していたというのに、突然ナニモノかがマロンに巻き付いたのだ。それは下僕の匂いをつけたヘビのようだった。


 マロンは戦った。


 なんとか勝利をおさめたが爪に絡む薄皮は手強く、最終的には下僕の手を借りてしまった。我が家の最強を誇るマロンには屈辱的な出来事で、下僕がこのことを家族にくれたらと祈った。



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