内見会に行こう
此木晶(しょう)
内見会に行こう
『草千里一理の内見』
おう、来たか黒崎。今日は早いな。
待ち合わせのビルの前、道向かいに現れた同業の黒崎に向けて手を振る。
「何時までそれを擦るつもりなんだ? お前は」
私が飽きるまでかね。まだまだ当分言い続ける所存。その表情が見られるだけで創作意欲が湧いてくるというものだ。
「質悪りぃな、おい!」
はっはっはっ、弱みを見せた方が愚かなのだよ。一分の隙もない私を見習うが良い。
「誰が見習うか。お前のは弱みを弱みと思わない図太さって言うんだよ」
失敬な。私の何処が図太いと言うのだ。日々締め切りと担当編集からの催促に心を痛めているというのに。
担当氏、最近では三十分おきに『進捗どうですか?』とメールを送信してくるのだぞ。それもBotでもないのにキッチリ一秒のズレもなく毎度毎度。流石に怖いわ!
「それはお前が全面的に悪い。どうせ締め切りのデッドラインギリギリまで粘ってんだろうが」
なにを言う、真っ赤になる手前までしか粘っておらんわ。編集氏が姑息にも設けている安全マージンなど正確に見抜いておるぞ。
なんだその顔は。
「お前、その内刺されるぞ。だから、なんの話だって顔すんな」
理不尽である!
「お前の方が理不尽だよ。まあいい。で、朝っぱらから呼び出してなんのつもりだ?」
そうであった。内見会に行くぞ。
ポカンとするな。気の毒な奴を見るような目で見るな。取材である。
「取材? 」
そうだ。今度家にまつわる話を書くことになりそうなのでな、肩慣らし的な取材である。
「あー、まぁ流行りだしな。ならモキュメンタリー形式か?」
モキュ? なんだそれは?
黒崎よ、目のハイライトが死んどらんか? だから、怖い怖い。表情の消えた顔をこっちに向けるな。
「なんでお前作家続けてられるんだろうな」
そんな世界の真理とは一体? みたいな疑問と同じ括りにされても私はなにも知らんぞ。私が私であるのに理由などないしな。
わざとだろう馬鹿でかいため息を黒崎は吐く。
全く失礼な。
「で付いていく俺も俺だな」
なにをぶつぶつ言っているのか知らんが、団体行動である。ほれ急げ。
かくして事前に予約していた内見会ツアーに合流することと相成った。
「なあ、草千里よ。これは一体どういう内覧会なんだ? 普通内覧会ってのは新築や分譲マンションでやるもんだと思うんだが、こりゃどう考えても築30年越えてんだろ」
指差す黒崎の言う通りこれから拝見しようという一軒家は木造平屋建てのかなりの歳月の並みを被ったものだった。
「おい、お前一体どういうツアーに申し込んだんだ?」と。黒崎の問いにこう答える。
『告知事項あり』物件内見ツアーであると。
つまり事故物件巡りだ。聞けば妙な間取りの家もあるという事でお願いした次第である。
そんな訳で一件目。
説明によれば前住人は借金苦で祖父母、子夫婦、孫で一家心中だったそうである。家族の平均年齢が64だったと聞くとなんとも闇の深そうな話ではあるが、しかし、昨今の晩婚化少子化を聞くにつれ最早珍しくもない話なのかもしれぬ。
物件的にはどの部屋からでもトイレに行けると言うよりも、トイレを通らなくては何処にも行けないよく分からない間取りであった。
二件目。
北側に擁壁のそびえる、やや日当たりの悪い日本家屋である。なんでも一人暮らしのご老人が孤独死されたとの事。なるほど確かに隣近所から少し離れており、多少の異変が起きても気づかれなさそうな立地であった。
一番奥の、所謂北の間の漆喰壁に人形のようなシミが浮き出ており、これぞ心霊現象と喜びかけた。しかしながら、黒崎に「外出て、裏見てみろ」言われ確認を行った所、擁壁の隙間より湧き水が滲み出ておりそれによる過度の湿気の仕業と判明した。
三件目。
古いアパートである。
一室ではなくアパート全体が事故物件となっているところを考えると共用部分で何かあったのかもしれぬ。内見した空き部屋は特に代わり映えのしないよくある1LDKであったのだが、アパートとして見ると一つおかしな点があった。
三階建てで各階10の部屋があり左右に階段があるのだが向かって右側、二階から三階へと向かう階段の踊り場付近にそれがあった。
錆の浮いた手摺に真新しい鎖が巻き付いてあった。
さらに奇妙なのは壁に張られた古ぼけた貼り紙だ。風雨に晒されていたのだろう色褪せ破れなんとか張り付いているといった様子のそれには、こんなことが書かれていた。
『鎖を外してはいけない』
そしてもう一つ。
『鎖が外れていても決してかけ直してはいけない』
何故こんな貼り紙があるのだろうか?何故わざわざこんな警告をしているのか。いやまず鎖を外してはいけないのは分からなくもない。この先コンクリートの剥離が起きていて何時剥がれ落ちてくるか分からないのかもしれない。確かにそれは危ない。警告が必要だ。しかし、では何故外れていた鎖を元に戻してはいけないのだ? 進入防止の為に張ってあったのであれば元に戻すのが道理ではないか。何故戻してはならないのか。一体何が起きるというのだ。起きるといえば、一つ目の文もおかしな書き方である。通ってはいけないではないのだ。鎖を外してはならない。鎖に主題が置かれている。ひょっとして階段を使う事自体には何ら問題がないのではないか? 鎖がかかっている事が重要なのではないか。しかしだそれだと、外れた鎖をつけ直してはいけない理由が分からない。わからないわからないわからないわからない。そうだ鎖を外してしまおう。外してまたかければいい。何が起こるか全て分かるではないか。それがいい。鎖を外そう。外さなくては。外す。はずす、ハズス、ハズセ!
パンッ
一拍。清んだ音が響いた。
はて私は何をしようとしていたのだったろうか?
おお黒崎。どうした怖い顔して。
貴様はただでさえ目付きが悪いのだから、もう少しこうニッコリとだな。
イダダダダッ。待て待たんか。何をする。引っ張るな痛いっ。
なんかよく分からんが腕を極められながらアパートから引き離された。
四件目。
最後である。そろそろ飽きてきたので早々に終らせて焼き肉にでも行きたいところだ。
これまでの三件と違い真新しい。聞けばまだ築5年程で、前の住人は裏庭で死後数年のバラバラ死体が見つかったのを気味悪がり引っ越したそうだ。
なかなかに参考になりそうな面白い状況である。
と言うものの、間取り自体は極々普通の家といった趣で一件目のように何処に行くにもトイレを通らなくてはならないといったこともなく、四人家族程度ならばゆっくりと過ごせるだろう一軒家であった。
特に見るべき所もないと思ったのだが、黒崎が一階と二階を何度も往復し歩き回る姿が迷子の犬のようであったので、その点は実に楽しい一時であったと言えるだろう。
では、これにて内見会終了である。焼き肉に行くぞ!
『黒崎棺による蛇足のような感想』
後日聞いたところによると、草千里が提出した企画書は編集長直々に却下を喰らったそうである。まぁ雪山で起きる連続密室殺人の犯人がヒトクイ屋敷でしたってのは、流石にない。
が、それはあくまで後日談。笑い話ですむことだ。
この間の内見会は酷かった。何が酷いって、一件目二件目はともかく三件目はなんだったんだ?
霊感だとか超能力だとかそういうのと縁がないにも関わらず、あのアパートはダメだと分かった。鳥肌が立つってレベルではなく近づくなと全身が警告を飛ばしてきていた。特に、あの鎖は不味い。
そもそも鎖は紀元前より使われ、綱紐よりも丈夫で頑強なものとして扱われてきた縛りつけ、括りつけ、留め、封じるものだ。
封鎖するとは、そこに境界を創ることでもある。そして境界は何時でも、こちら側とあちら側に存在する。
あの時草千里が鎖に振れようとするのを見て俺は思わず柏手を打った。
本来神社で参拝に来たことを知らせる合図でもあるが、同時に邪を払う簡易的な清めの儀式でもある。果たしてそれが効いたのが草千里は我に返ったようだったが、鳥肌は纏わりつく寒気に変わり、身の危険すら感じるレベルとなった。慌てて呆けたままの草千里を引きづってアパートから離れたが、もう二度と近寄りたくない。
そして、四件目も別の意味で酷かった。
一応間取り図も見せて貰ったのだが、実際に中を見てみると妙な違和感があった。気のせいかとも思ったが、二階を歩いてみて確信した。
間取り図で見る限り、一階と二階の床面積は同じはずなのだが、二階の方が狭く感じる。
耐震設計の都合などで一階二階を貫く形の柱を入れることが 多い。その柱を基準にすれば何度か歩幅を確認しながら歩けば、二階の隣接する二部屋が一階よりも狭いのが分かった。
だからといってどうという話ではないのかもしれないが、どうにも気になったので草千里と分かれてから調べてみた。
結論からいえばあの家では殺人が行われた可能性が高い。
引っ越した前の住人は、建てた本人ではなかった。大本の住人は二年ほど住んだ後、あの家を売りに出したのだと言う。そして、裏庭で見つかったバラバラ死体は、実は複数体分あり大本の住人が住んでいた時期に埋められたものであるとされている。
あくまで想像だ。荒唐無稽な話だ。
しかし辻褄が合うのも事実だ。
狭いと感じた二部屋は隠し通路で繋がっていたのではないか? 招き入れた来客が寝静まった頃に忍び込み殺害し……。
まさかとは思うし、そうであれば等の昔に警察が調査に入っている筈だ。ただ、あの家をもう一度確認したいと思い問い合わせた所、三日前に放火によって焼失したと返事が返ってきた。
偶然だと思いたいが、なんなんだろうな、この嫌な感じは。
取り敢えずもう二度と草千里とは内見会には行かないと心に決めた。
内見会に行こう 此木晶(しょう) @syou2022
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