Find me! (再会と根性とヤンデレの後編)

 会いたいと気持ちがなかったわけではない。

 会いたくない気持ちがなかったわけでもない。

 両親の死を誰のせいにもしたくなくて。

 だから身動きが取れなくなっていた。

 そして動けない間に俺は「もう過去のことだ」と忘れようとしていた。


 それなのに『生き別れになってしまった幼馴染と結婚するために捜索中VTuber』なんて意味のわからないモノになってまで、彼女が会いたいと思ってくれるならば。

 どうしようもなく会いたかった。

 ずっとあの幸せだった時間に戻りたかった。

 これで机下ハコと彼女が別人だったならば。

 それはそれで本当に過去の想い出にできるから。


 それなのに彼女はディスプレイの箱の中にいた。

 俺に見つけてもらうために。


『はぁ……デビュー二ヶ月経っても幼馴染からは音沙汰なし。せっかく大手事務所という箱に入れてもらえて、こんなに多く人に知ってもらえたのに。みんないつも応援ありがとうございます』


 昔はこんなハキハキとした喋り方はしていなかった。

 でもその声が懐かしくて。


『まだ二ヶ月というけど、私は五年間ずっと探してますからね。SNSも通じないし、電話番号も変えられているし。現代社会だと簡単に連絡つくと油断してました。意識不明の重体で入院していた病院には何度も行ったのですけど、意識を取り戻したあとの転院先は掴めなくて』


 本当にずっと探してくれていたのだろう。

 涙が出そうになった。


『もしかしたら顔も見たくないほど憎まれているのかも……と思わなくもないのですけどね。詳細は省きますけど。憎まれているならば償いはさせてほしい。ただとにかく会いたいんです』


 彼女の欠片も憎んでなんかいない。

 過去の配信でも同じようなことを話しているのか、コメント欄では彼女を庇って幼馴染が事故に遭ったのだと思われているようだ。

 慰めのコメントが勢いよく流れていく。


『そうですね。暗い話はここまでにして私たちの初キスの話でもしましょうか』


「はぁ!? お前普段どんな配信しているんだよ」


『以前にもお話しましたが、会う場所は決まって私の部屋。幼馴染は私の側にいるために毎日のように会いに来てくれるんです』


「毎日は行ってないし! 週一ぐらいだろ。連絡は毎日してたけど」


『私は手作りのお菓子を用意して幼馴染を待ってた』


「手作りのお菓子なんて一度もないだろ! コンビニスイーツの宅配感覚で注文してきやがって。バレンタインデーのチョコですら割り勘にするために一緒に買いに行ったぞ」


『そして私の部屋の秘密基地で。そう簡易的なプラネタリウムになっている押し入れです。幼馴染も狭い場所が好きなんですよね』


「お前の部屋に押し入れは存在しなかっただろ。簡易プラネタリウムも俺がお前の誕生日にプレゼントしたけど、さすがにダンボールは狭すぎてほとんど使われなかったやつね。あと俺は狭い場所は好きじゃねーよ」


『そしていい雰囲気になってですね。ドキドキして目を瞑ると、幼馴染が私を抱き寄せてですね。軽く触れるだけの優しいキスをして』


【嘘乙】


『嘘じゃないし!』


 思わず書き込んでしまった俺の初コメに即座の反応があった。

 いや、俺のコメントに対してだけの反応ではない。

 これが机下ハコの芸風なのだろう。

 同じようなコメントが大量に流れている。

 ここでの俺は彼女の幼馴染ではない。

 その他大勢のファンに過ぎないのだ。

 俺が書き込んでいると彼女は思ってもいないのかもしれない。

 そう思ったら指が軽くなった。


『妄想幼馴染トークじゃないし! 本当にあったことだもん』


【完全に妄想だろ】


『本当だってば! 信じてよ』


【初めてのキスは部屋の真ん中。二人でダンボールを被ってた】


『なんで妄想とか言うの!? 私には結婚の約束もした最高の幼馴染のかれしが……え?』


【目をつぶっていたのも俺だし】


 俺のコメントはすぐに流れて消えていく。

 読まれないはずだった。

 けれど箱の中の机下ハコは固まってしまう。

 調子に乗って書き込み過ぎた初心者の俺は知らなかった。


【優しくキスされたのも俺】


 配信とコメントはリアルタイムで双方向ではあるものの、数秒間のタイムラグが存在する。

 こちらが流れたと判断しても、配信者の目にはちょうど流れていることもある。

 なによりコメントは全て保存されており、配信者は気になるコメントを巻き戻して確認することもできる。


『いたぁーーーーーーーーーーっ!』


 突然、生配信中に鳴り響く大絶叫。

 思わず耳からヘッドフォンを外す。

 ディスプレイの中の机下ハコが画面越しにじっと俺を見つめてくる。

 正確にはただのドアップだ。

 俗に言うマジ恋距離の。


『いた! いました! 今、幼馴染がこの配信を見てます! そこで見てますよね! ずっと探していたんですよ!』


 これはネット生配信。

 この映像はチャンネルを見ている全員に流れている。

 そのはずなのに机下ハコは……彼女は確かに俺しか見ていなかった。


『そこにいますよねお兄ちゃん!』


 コメント欄も驚いた様子で反応している。

 大半が【急にどした?】【まじ?】だったのが机下ハコがお兄ちゃん呼びをしたことで反応が変わった。

 どうやら配信でお兄ちゃん呼びしたのは初めてだったようだ。

 そのせいで一気に現実味を帯びたうえ【お兄ちゃんって実兄?】【幼馴染で誤魔化していたけどまさかの禁断の恋?】【ハコちゃん妹だった】などの誤解を生んでしまっている。


【悪かったな連絡しなくて】


『いいんです。今連絡がつくならそれで。電話番号やアドレス……いえ! 今住んでいる住所をコメントしてください!』


【そんなことできるか!? あとで俺とわかる形でダイレクトメール送っておく】


『絶対ですよ! 約束ですよ! IP割りますからね!』


【怖ぇーよ! それより禁断の恋と間違えられているけどいいのか?】


『えっ? ……だ、大丈夫です。私とお兄ちゃんは法的に結婚できる関係ですから』


 ようやく机下ハコとして配信の状況に気づいたようだ。

 口走った内容が内容なので、禁断の恋のため強引に引き離された血の繋がらない兄妹設定の信憑性が増してコメント欄の盛り上がりが酷いことになっているが。

 訂正するのは俺の仕事ではない。


【あとお前のことは欠片も恨んでないから償いとか考えるな】


『で、でもご両親が亡くなったのは私のせいで……』


【お前のせいじゃない。悪い奴は裁かれたしあのとき言ったろ。あれは私怨だって】


『……言ってましたね。私を守るための行動だったのに』


【俺がムカついたからやっただけだからな】


『お兄ちゃんはいつもそうでしたね。浮きがちな私と一緒にいるのも俺が一緒にいたいからだって。だから私はお兄ちゃんのことが大好きです』


【俺もお前のことが好きだったよ】


 万感の想いを込めて。

 この五年間いろいろなことがあった。

 もう会わないほうがいいとも思った。

 それでも五年越しの愛の告白をした。


 ……つもりだったのだが。


『だった……過去形? まさかお兄ちゃん今他に好きな害虫とかいませんよね?』


【害虫を好きな奴とかいるのか?】


『いないみたいですね。安心しました。とりあえず昔みたいにスマートフォンを見せてくださいね』


【連絡先の交換な。了解した】


『はい。お兄ちゃんの連絡先を全て把握したいので』


【別にいいけど……なあコメントの反応おかしくないか?】


『ふふふ。いつもこんな感じですよ。お兄ちゃん今日が初見でしょうから知らないだけです。ねえ……フロッグの皆さんスネークの言う事を聞けますよね』


 コメント欄に並ぶ【イエスマム】の大号令。

 俺が知らないだけで机下ハコはそういうノリらしい。

 さっきまで【ガクガクブルブル】【ヤバいヤバいヤバいヤバい】【お兄様逃げて】【開いちゃいけない扉開いた】というホラーさながらのコメントが並んでいたのだが気の所為だったみたいだ。


『私にやることができたので、今日の生配信はこれにて終了。いきなりですけどごめんなさい。最優先事項なんです。あとお兄ちゃんはすぐに連絡先送るように! ううん今すぐ送って。送ってくれるまで恥ずかしい過去を配信で話し――』


【今送ったから怖いこと言うな】


『――それではみんなお疲れ様でした。すぐに吉報配信をお届けできるように頑張りますね。本当にすぐに』


 それからすぐに電話がかかってきて、話している間に移動してしていたのか。

 一時間後には彼女は俺の目の前にいた。

 通話の内容が少し『私メリーさん』の怪談と似ていて怖かったが気の所為だったみたいだ。

 少し残る火傷痕と左腕の障害を告白すると、彼女は涙を流しながら左腕の代わりになり一生支えると気炎を吐いた。

 どうしてもやりきれない償いの意思は持ってしまうらしい。

 重荷になりたくなかった。

 だから連絡できずにいたのだが、今更再会をなかったことにはできない。

 その罪悪感は彼女が背負うもので、俺が消しされる類のものでもない。


 ただそんな彼女の勢いに呑まれてしまい、気づけば彼女と入籍していたことは俺も驚きを隠せない。

 再会して役所に結婚届を出すまでわずか二十四時間の出来事だった。

 幼い頃からよく知っているので互いを知る時間が省けたといえばそれまでなのだが。

 こんなに押しが強かっただろうか。

 再会の喜びで少し暴走しているだけなのだろう。……たぶん。


「ふふふ。これでまた同じ箱に入れましたね」


「箱じゃなくて籍だろ」


「漢字が似てませんか?」


「……似ているけど」


「だったらいいじゃないですか。細かいことは気にせずに生きましょう。ずっと共に」


「ああ。……それでいいのかVTuberの件。事務所は怒ってないか?」


「大丈夫です。チャンネル登録者数は倍増しましたし、今後もお世話になる予定です」


「懐のデカい事務所だな」


「いい箱ですよ」


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