住宅の内見で発覚した殺人

ヤミヲミルメ

住宅の内見で発覚した殺人

 親愛なる我が読者よ、前回は時限爆弾が破裂寸前だったせいとは言えど、ろくにあいさつもせずに失礼した。

 あの話は続いている。


 そもそも私が因習島へやってきたのは、島の権力者の令嬢の護衛に雇われたからだ。


 島外で不動産業を営んでいる令嬢は、故郷の開発を志して帰島。

 手始めに島内の空き家の内見に訪れた。


 それがここだ。

 令嬢はこの空き家が気に入れば買い取ってリノベーションするつもりらしい。



 かなりボロい。

 無人になって数年は経つ。

 二階建てだが階段を上るのはやめたほうがいいだろう。


 室内の陽当りも風通しもいいぞ。

 壁が穴だらけだ。

 密室殺人に向かないという意味では防犯対策はバッチリだ。


 近隣の住民はとても親切で、先ほども見ず知らずの私の身を案じて、さっさと立ち去れと警告してくれたよ。


 この空き家には幽霊が出るんだってさ。



 警告をくれたのは隣家で一人暮らしの老人。

 隣家といっても間に畑をはさんでいるのでそれなりの距離がある。


 老人は数日前の深夜、トイレの帰りに窓越しに、青く光る人影が空き家の中に浮かんでいるのを見たらしい。


 気の毒な老人は、夜が明けるまで布団をかぶって震えていたそうだ。




 さて、この老人の証言からうかがえる可能性はいくつもある。


 例えば本当はよそ者が気に入らなくて、ウソをついて追い払おうとしているとか。

 あるいは過去に目撃した悲惨な何か――たとえば殺人事件――がトラウマになって幻覚を見たとか。


 しかし島の駐在所で情報収集してみると、件の老人は見知らぬ相手にいじわるをするような人物ではないし、空き家で過去に悲惨な何かが起きたなどという記録もない。

 もとの住人は単に島外へ引っ越しただけだ。



 さて、情報収集が終わると、ちょうどよく日が暮れている。

 空き家に戻ろう。


 街灯一つないな。

 まあ、私も探偵として懐中電灯ぐらいは常に持ち歩いている。



 空き家に着いた。

 老人の家の明かりがあちらなのだから、老人が幽霊と呼んだ光は、この空き家のこの壁の穴から漏れたのだろう。


 ここは洗面所だな。

 大きな鏡にヒビが入って、でもまだ壁に張りついている。

 老人の家の窓はこの鏡の真正面だ。


 もしも私が心霊探偵なら、この鏡の中から殺人被害者の地縛霊が現れて謎を明かしてくれるのだろうが、生憎私はただの探偵だ。

 使うのはオカルトグッズではなくコレだよ。

 ルミノール液とブラックライト。


 一度血液が付着した場所は、どんなにキレイに拭き取っても、ルミノール液を吹きかけてブラックライトで照らせば青く光る。

 犯罪捜査でおなじみの品だ。

 どちらも普通に通販で買える。


 さてこれで、鏡が青く光るかどうか……

 光らないな。


 床にもルミノール液を吹きかけてみよう。

 おっと、今度は光ったぞ!

 ぽつん、ぽつんと。

 しかし致死量と呼ぶには少なすぎる……


 ううむ。床の光が壁の鏡に反射して、なんだか人魂っぽく見えるな。

 床の血がもっと多ければ、隣家の老人が見たという幽霊のようになるかもしれない。




 さて、私には一つ、懸念事項がある。

 それが何か、当ててみたまえ。




A 私は本当は心霊探偵かもしれない。


B 本当は私こそが犯人かもしれない。


C さっきから令嬢の姿が見えない。


D 令嬢の正体は隣家の老人の変装。


E この島には私のほかにも探偵がいて、主役の座を奪われるかもしれない。




 シンキングタイム・スタート!



  ↓



  ↓



  ↓



  ↓



  ↓



 正解発表の時間だ。


 まず、本人として言うが、AとBはない。


 令嬢は定時で仕事を切り上げて実家の屋敷に行っただけなのでCも懸念事項ではない。

 屋敷まで私がちゃんと送ったよ。

 令嬢の身に何かあったかもしれないのなら、私がこんなところでのんびり話していられるわけがないだろう?


 次にDだが……

 もしもキミがDを正解に選んだのなら、なぜそう思ったのか詳しく聞かせてくれたまえ。


 正解はEだよ。

 ほら、このブラックライトで天井を照らしてごらん。

 人型の光だ。

 壁の鏡にも反射している。

 これが隣家の老人が言っていた幽霊の正体さ。


 過去にこの部屋の二階の床に血まみれの死体が置かれた時期があり、その血が一階の天井にまで染みてきたんだ。


 ……私はこの洗面所の鏡と床にしかルミノール液を吹いていない。

 では、天井にルミノール液を吹いたのは誰か?


 警察ではない。

 駐在所の警察官は、この家で起きた事件を把握していなかった。


 それなのにわざわざルミノール液を用意してまで殺人事件の存在の有無を確認している人物、となればその人のことは探偵と呼んでいいだろう。

 私のようなプロなのか、はた迷惑なシロウトなのかはまだわからないが、少なくともその探偵は、私より先に島を訪れ、私より先に捜査を進めているというワケさ。

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