内見先の一軒家が女性型ゴーレムだったんだが

志波 煌汰

じっくり見ていってください

 いい加減に家を持ってもいい頃合いだと思ったのだ。

 冒険者生活も十年目。稼ぎもそれなりに溜まったし、安宿を渡り歩く生活にもそろそろうんざりだ。何よりボロい寝具で喧騒を聞きながら寝ても疲れが取れなくなってきている。放浪生活はこの辺でやめにして、拠点を構えて腰を据えたいところだ。生涯の伴侶も探したいし。

 そういったことを伝えると、獣人の不動産屋は「それならお客様にぴったりの物件がありますよ!」と嬉しそうに伝えてきた。


 案内された先は、市街地からは離れたところにある石造りの一軒家だった。

 年季の入った作りだが、しっかりしてそうでなかなか悪くない。

「見た目の印象はどうですか?」

「「気に入りました」」

 うん? 今なんかハモったか?

 怪訝な顔を浮かべる俺に構わず、案内嬢は話を続ける。

「それではもっとよく知っていただきましょうか」

「少し恥ずかしいですが、じっくり中を見ていってください……」

 なんだか声が別々のところから聞こえた気がする。旅芸人がたまに見せる腹話術とかいう芸だろうか。なぜ急に?

 なんだか妙な気がするが、ひとまず俺は促されるまま足を踏み入れた。


 内装も落ち着いた感じで俺好みだった。派手さはないが堅実な仕事ぶりに、石造りにも関わらず暖かみを感じる。広々としているし、ここを自分の城と出来たらとても良い。

 ただ壁を触って感触を確かめていると妙に艶めかしい声が聞こえたり、「そんなまじまじと……////」とどこからか聞こえたりするのが気にかかった。ゴースト……いやサキュバスでも憑いているのか?

「ここ妙に安かったですが、ゴーストハウスとかじゃないですよね?」

「滅相もない! 霊の類は一切おりませんし、憑くこともありません! 何なら神殿で宣誓してもいいですよ?」

 そこまで言うからには本当なのだろう。ではあの声は何なのかということになるが。


 考え込む俺に、不動産屋の案内嬢は声をかけてくる。

「どうです? お気に召しましたか?」

「「ええ」」

 ……やはりハモる。なんだか怪しい。

 だが良い家には間違いないのだ。隅々まで内見した俺はすっかりここに住みたくなってしまった。

 何、最悪不動産屋が嘘をついていて何らかのモンスターが居たとしても問題ない。俺も中堅の冒険者だ。大抵のモンスターはこの剣で退治できる。

「では契約成立ということで、こちらにサインを」

 差し出された羊皮紙にさらさらとサインをする。これで買い取りは成立だ。

 ……と、そこで気づいた。


 この書類、なんか「婚姻届」って書いてねえ?


「あの、これどういう」

 まさかこの獣人、俺に気があったのか!? そんな素振りはなかったけど!?

 だがよくよく見ると、妻の欄に書かれている名前は自己紹介してもらったものとは違っていた。

 ……いや、じゃあ誰だよ俺の妻って。

 混乱する俺に対して、案内嬢は笑顔で「ご結婚おめでとうございます!!!」と告げてきた。

 俺が言葉を返せずにいると、声が上から降ってくる。

「ありがとうございます!!」

 ……上? まさか!

 俺は玄関から飛び出し、屋根を見上げた。


「これから一緒に暮らしましょうね♡」

 そこに女の顔がついていた。


 呆気に取られる俺。

「どうしましたか?」

 不動産屋が聞いてくる。どうしましたか? じゃねえ。

「これは一体」

「ああ、これは失礼! 私としたことがお伝えするのを忘れておりました! こちら、『女性型ゴーレム住宅』となっております」

「女性型ゴーレム住宅!?」

 何それ。

「文字通り、女性の魂を宿した巨大なゴーレムの内部を利用してつくられた住宅のことです」

「こんなの言い忘れるかよ!!!」

 絶対わざと隠してただろ!!

 俺の指摘を不動産屋はのらりくらりとかわす。

「生涯住む家と伴侶を探していらっしゃるとのことでしたので、ぴったりかと」

「いっぺんに叶えろとは言ってねえ!!!」

「あんなにじっくりと中をつぶさに見ておいて……なかったことにしようなんて、男の風上にもおけませんね」

「なんで俺がいやらしいことしたみたいになってんだよ!?」

「でも実際非常に便利ですよ、こちらのお家。足がありますので、家の中でお出かけの準備をしながら目的地に向かえますし」

「それは……っ!! ……いや確かに便利かもしれない」

 ダンジョン前とかまで送ってもらえれば、仕事を終えてすぐ家に帰れるな……。

 ……ってそういう問題じゃない!!


 俺が頭を振っている間に業者は「ほほほそれでは末永くお幸せに。こちらは今すぐ教会に提出しに行きますので!」と走り去った。

「あっ待てこの野郎!!」

 だが獣人の足は速い。俺では追いつけなかった。

 とぼとぼと戻ってくると、家――そしてまもなく妻になるだろう――が出迎えてくれた。

「不束者ですが、末永くよろしくお願いします。……あなた♡」

 ……いやまぁ、別に嫌いな顔ではないな、うん。

 我ながら現金な話ではあるが。


 というわけで、俺のゴーレム暮らしが始まった。手持ちの金の多くを使って買ったので、もう住むしかなかったのだ(ちなみにその金は名目上『結婚相手紹介料』になっているらしい。ほとんど詐欺だろ)。

 半分どころか四分の三くらいだまし討ちで購入することになったが、これが案外居心地良い。

 元々内装は気に入っていたのだ。それに加え、色々と妻が手を尽くしてくれた。火おこしや消灯は自動でやってくれるし、疲れて帰ってきた時には風呂も焚かれている。防犯上も安心だし、なんとなく寂しいときは話に付き合ってくれる。少し釈然としないが、あまり文句はなかった。

 とはいえ困ったことは一つあった。いわゆる夜のことだ。

 ゴーレムとは言え、流石に女性の傍で自分を慰めるのは恥ずかしい(例え妻だとしてもだ)。仮にも既婚の身で娼館に行くのも憚られるし、そもそも家を買ったばかりで金がない。

 仕方なく、俺は妻が寝静まった深夜を見計らっては己を慰めた。そう毎日できるわけでもないため一回ごとの量は多くなり、床に飛び散るほど勢いよく飛び出すこともあった。


 そんな感じで、ゴーレムに居住すること数か月。

 目を覚ますと、眼前に小型のゴーレムが居た。

「……えーっと?」

「パパ!!」

 パパ!!!????

「え、どういうこと!?」

 混乱する俺に、天井から妻の声。

「あなたの娘ですよ、パパ♡」

「いやいや娘って、え!?」

「もう……眠っている私の中であんなに出しておいて……言ってくださればお相手しましたのに……♡」

「あれで子供出来んの!?」

 確かに床には着いてたけど!! ってやかましいわ!!

「パーパ♡」

 小さいゴーレムが抱き着いてくる。その顔は、確かに俺と妻に似ていた。



 こうして俺は、石造一軒家コブ付きの主となったのだ。



(了)

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