完結編

「ひどいや!」


 映写室の窓から、正太郎君の声が飛んできます。


「せっかく間に合ったのに!」

「あっ、人質の少年!」


 警察の方、そんなことをおっしゃいます。正太郎君、ここに来るまでなにかあったんですかね。


「人質じゃないし、怪盗なんか、ここにはいやしないよ! 上映を続けさせてよ!」

「いや、奴は変装の名人。そして、空飛ぶクルマがここの屋上へ降り立ち、まだ飛び立ったとの報せはない。

 なに?」


 トランシーバーに、連絡が入ったもよう。


「屋上のクルマはもぬけの空だと?

 みなさん、やはり怪盗マルメロがここにいる可能性があります!」

「おじさん、どうしちゃったんだよ?」


 正太郎君がつぶやきましたが、観客のざわめきに消されてしまいました。


「ありゃあ」


 支配人さんが出てきますが、場内が静まりません。


 そのときでした。


「あーっはっはっはっ! 等々力殿!」


 場内が明るくなり、笑い声が舞台上から聞こえたのです。

 映写の止まった、真っ白いスクリーンの前にいたのは。


「な、なにい?」


 あの方等々力さんというんですね、見れば驚いております。

 そりゃそうだ。そこに立って笑っていたのは、等々力さんその人だったのですから。


「やはり無粋なんだなあ、あなたという人は、等々力警部」


 等々力警部が等々力警部に呼びかける。警部だったんですね。


「あっちが怪盗マルメロ様?」

「どういうことかしら?」


 娘さんたちも大騒ぎでございます。弁士は置いてゆかれます。とほほです。


「みなさん、とんだご迷惑をおかけしました」


 等々力警部の扮装を解いて、夜会服姿のスマートな怪盗があらわれたときに、悲鳴を上げて娘さんたちが数人失神いたしました。


「この〈天の川の雫〉」


 今朝の新聞に載っていたあれですね。


「これを見せびらかそうと思った出来心で、せっかくの上映を止めてしまいました」


 等々力警部が、部下たちに舞台へ向かうよう指示を出すのですが、観客たちが押し寄せているのでなかなか進まないのでした。


「お詫びと申してはなんですが、みなさまにもこの〈天の川の雫〉の古代の力、お目にかけましょう」


 怪盗マルメロがそう申して、白手袋でかかげた〈天の川の雫〉。

 それが強く輝きました、そのときです。


「何ッ?」


 劇場の廊下を、何かが走ってまいりました。


「警部、危ない」


 扉が開き、何かが舞台を目がけ、客席の上を高く高く飛んでゆきます。


 自動車です。


 まっすぐ飛んで、舞台の上で停まりました。

 怪我人ひとりなく。これが〈天の川の雫〉の力。驚いて声も出ません。


「ではみなさん、ごきげんよう」


 怪盗マルメロは乗り込むと、そのままスクリーンを突き破って……


「あっ!」


 なんと、スクリーンの裏側の壁に大穴があいて、そこから自動車は飛んで行ってしまったのでした。


「ありゃあ」


 支配人さんが困り顔ですが、大穴の前に札束の詰まったトランクが置かれているのに気が付くと、


「しばらく改修工事になるなあ」


 弁士のオレは、まったく商売上がったり。

 いいことがなかったこの椿事、ひとまずここまで、全幕終了でございます。

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一巻足りない 倉沢トモエ @kisaragi_01

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