後編

「どうかな?」


 私は驚く正太郎に言った。


「これが〈天の川の雫〉の真の価値、しかもその片鱗だ」

「……すごいなあ」


 たちまち目指す映画館のビルディングが見えてくる。

 屋上に着地。正太郎はそのまま階下へ降りればいい。


「でも、目立っちゃったね?」

「世に隠れた価値。

 見せびらかしたいのさ。怪盗だからねえ」


 そろそろ等々力警部に、空を飛ぶ自動車の情報が続々と寄せられていることだろう。


「しばらく映画、見に来られなくなったんじゃない?」

「君は子供なのに気を回しすぎだよ」


 恋愛劇『嘆きのカナリア』。

 世のご婦人がたの紅涙を絞るとは新聞の評。


「さあ。予告通りにお届けしたよ。映写室で二巻目に交換する潮時じゃないのかい?」

「いけない、僕は僕でニンムの途中だ」

「気を付けたまえ」

「おじさんもね。ありがとう!」


 フィルムの箱を抱えて降りて、途中で振り返った。


「また来てくれなきゃ、嫌だよ!」


 手を振り、まっしぐらに階段を降りてゆく。

 さて。私もこのまま去ろう。


 と、思ったのだが。


   ◆


「『アラ、わたくしのことかしら?』

 雪子は足の痛みを気にしながら振り返ります」


 正太郎君、間に合うんでしょうかね。

 オレは観客の顔色を見ながら、じりじりと説明の内容を詰めていく。

 第一巻から三巻への内容の飛躍を埋めるもの。

 ……前半全部回想だったことにするしかねえだろうなあ、思い出を抱いて港へ走る雪子にするしかねえだろうなあ。


「『ご難儀されているのではありませんか?』

 太郎は尋常に尋ねるのでした。

『ちょいと手が黒くてすみませんね、薬箱はあるんですよ』」


 お客の中に。

 お友達同士でしょうか。頭にそれぞれ大きなリボンをつけたお嬢様がたがハンケチを握りしめて四、五人、肩を寄せ合ってじっとスクリーンを見ていらっしゃる。

 いつでも紅涙を振り絞る気概を感じてオレは震えましたとも。

 映写室を見ると、映写係の田中君が両腕でバツを作っている。正太郎君はまだらしい。

 第一巻を全部回想にしちまうと、過去を振り切り走る雪子の強さが際立って、紅涙どころか勇ましい気分になっちまうんじゃねえかなあ。しかしつじつまを合わせるとそうなるんですから仕方ない。


 お。そのとき映写室になにか動きがありました。


 正太郎! 正太郎が映写室の窓から顔を出して手を振っています。


 よかった。そうか。間に合ってくれたか。


 オレは安心して、ほかの町での説明通りに進めようとしましたよ。


 ところがですよ。


「弁士、中止! 弁士、中止!」


 戦争中じゃあるまいし、だしぬけにそんな声が飛んできたんですよ。


「上映中に失敬! 怪盗マルメロがこの小屋に入り込んだ!」

「キャッ、怪盗マルメロ様ですってよ!」


 娘たちはかえって騒ぎ始めました。


「どちらにいらっしゃるの? あたくし、お会いしたいわ!」


 困ったものですなあ。


 このまま完結編へまいりますよ。

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