中編

「頼みますよ。ちと電話で正太郎くんに、きつく言ってしまいましたけどね。

 無理は承知なんですから、無理だったときのことを、お願いしたいんです」


 支配人がおっしゃいますには本日の番組、フィルムが一巻、しかも真ん中の二巻目のみ到着が遅れているというんですよ。


「そりゃあ、オレも弁士の端くれですからね」


 ここは田舎町ですから、まだ音の入ったフィルムをかける設備がないんですよ。おかげでこの通り、映画説明をする弁士の仕事があるんですが。


「しかし一巻のおしりと、三巻のアタマをつなげるとなるとねえ」


 弁士の大先輩には、清廉潔白な乙女の物語のはずのシャシンを妖しい艶話に仕上げて当局からお叱りを受けた、そんな話術を持ったひともいるにはいるが、これはどうしたらいいのかね。


「『嘆きのカナリア』の一巻は、靴磨きの太郎とオペラ歌手の雪子が、ハイヒールの踵が外れた難儀を縁に間柄を深めていくところですよ。フィルムの最後の場面が、二人が談笑して照れているところですよ」


 そして、届いていない二巻目。

 話は二人の交際に嫉妬、または反対する連中の謀略に移るんですな。靴磨きを嘲るオペラの花形たちやら、入れ替わり立ち替わり嫌がらせをされて、さて、どうなる。

 雪子の不安げな顔が決意の顔に変わるのが二巻目の最後の場面。オレは先々週、別の町の映画館で説明したので見ているんですよ。


「三巻の最初は、雪子の乗った自動車が太郎が船で旅立とうとする港へ向かう場面……」


 一巻の最後の談笑から三巻の、いきなり二人の誤解を解くため疾走する雪子ですよ。どうつなげれば。


神坂こうさかさん、入ってください」

「はいよ」


 弁士・神坂辰之進こうさかたつのしん。入りますよ。


   ◆


「なんで怪盗なんかしてるのさ」


 正太郎が、無理もない質問をしてきた。

 先ほど煙幕を張って等々力警部たちを巻いたことは巻いたので、いずれまた追って来るのだろうが少し話す余裕はある。


「さあ、どうしてかねえ」

「〈天の川の雫〉って、飛行石なんだろ?」


 古代文明において、飛行船の動力に用いられていたという謎の石だ。


「そんなもの盗んで、何にするのさ」

「お金持ちの自慢のタネにしとくには、惜しいものじゃないか」


 価値を冒涜していますよ。


「だからって、」

「見るかい?」

「え?」

「空路は近道になるしね」


 私は自動車のギアを変えて、ハンドルを握る。


「シートベルトを確かめてくれたまえよ」


〈天の川の雫〉は、この自動車にすでに仕込んである。


「えーっ?」


 私の自動車は翼を伸ばし、川岸の砂利道から飛び立った。

 足元には、驚く町の人々と、瓦屋根。

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