一巻足りない

倉沢トモエ

前編

 浜辺に沿った長い道を、時々白い自転車が急いでゆくのが見える。映画館の小僧、正太郎だ。


「おいおい、どうした?」


 私の運転する自動車が追い付いたので声をかけると、


「足りなかったんだよ!」


 息を切らせて、やるせないような勢いだ。


「何が?」

「この箱のフィルム! 全三巻の二巻目だけ、なぜかうちに残ってた!」

「どこに届けるんだ?」

「隣町だよ!」


 時刻はそろそろ正午。


「それは、大変だな」


   ◆


 自転車を途中の煙草屋へ預けた正太郎は今、後部座席でフィルムの箱を抱え、私とともに自動車に乗っている。


「助かった」


 だが助手席に放っておいた新聞によると、このフィルム『嘆きのカナリア』は隣町の映画館で、本日正午の番組となっている。つまり現在、上映は始まっている。


「急を要するんだね」

「そうなんだよ」

「きっと届けよう」


 全三巻の肝要な部分が二巻目にあるだろうことは私にもわかる。


「靴磨きと、オペラ歌手のレンアイなのさ。出会って、真ん中がなくて、すぐ解決しちまうのはまずいだろう」

「おっと。私はまだ観てないんだよ」

「ごめんごめん。最近うちの館に来てなかったね。忙しかったの?」


 まあね、と、答えようとした時だった。


「そのクルマ、止まれ!」


 ……いつもの等々力警部のダミ声が拡声器越しに飛んできた。まいったな。こんな時に。


「止まれ! 人質を解放しろ!」

「え、人質?」


 正太郎は驚いて私の顔を見る。


「何の勘違いだろう?」

「さあねえ」


 私はとぼけようとしたのだが、等々力警部の無粋なことを忘れていた。


「止まれ! 怪盗マルメロ!」

「……怪盗マルメロ?」


 正太郎は、助手席の新聞を取って広げた。

 その一面。


「〈怪盗マルメロ、予告状通り参上〉」


〈秘石、天の川の雫消失!〉


「そんなに見るなよ」


 まったく、いきなり名指しとは風情もなにもない。


「おじさんの仕事、怪盗だったの?」

「まあ、そうだね」

「困るよ!」


 正太郎は、この車を追っているパトロールカーが続々と増えていくのを数え始める。


「『嘆きのカナリア』どうするのさ!」


 おやおや、気になるのはそちらですか。


「私の仕事は予告状通り。君にも予告したでしょう。『きっと届けよう』とね」

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