宿怨の辿る道
『昨日都内のテレビ局の駐車場で亡くなった八木沼進作・元衆議院議員について、警視庁は事件と事故の両面で死亡した経緯などを調べています。捜査関係者によりますと、当時八木沼氏は都内の病院に救急搬送されましたが、搬送前の時点で既に心肺停止の状態であったとみられています――』
テレビのニュース番組のアナウンスを聞きながら、ワタシは少し遅めの晩御飯を食べていた。
『――生前の八木沼氏は持病もなく、現在のところ死因は特定されておりません。警視庁は今日にも遺体の司法解剖を始め、死因を詳しく調べるとみられます』
昨日から繰り返されている同じニュースにやや疎ましさを感じつつも、ニュースで取り上げられている人物に面識があるためか、わずかに興味も惹かれていた。
ワタシはミハイロ・ジダーノフ。戦禍に包まれた祖国セルメイナから、遥か離れた日本に避難して来た者だ。日本では小さなIT企業でエンジニアとして働いている。
八木沼進作との出会いは3ヶ月以上前になるだろうか。ワタシの勤める会社へ仕事の依頼をして来たクライアントだった。会社の社長が国会議員だった八木沼の後援者のひとりだったようで、支援活動の一環として彼の仕事を請けたのだ。請け負った仕事内容は特に難しいものではなかったが、社長案件という特殊なワークフローと
その仕事は、とあるWEBサイトに連続で『認証』をし続けるだけの自動化ツールの開発だった。
ツール自体は簡単に作ることができたのだが、動作テストで異常が見つかった。なぜか、そのツールを実行した時に『認証する本人』の名前がPCの所有者の名前と一致していないとエラーになるのだ。これはワタシが作ったツール側の不具合ではなく、原因はWEBサイト側に問題があったのだが、上手く説明ができなかった。あれは、WEBサイトがどこかで『認証する本人』の情報をPCから取得しないことにはできない動きだった。つまりはあのWEBサイトは〝怪しい〟のだ。ウィルスやマルウェアといったものが仕込まれているのではないかと少しだけ調べてみたものの、特にそういうものは見つからなかった。だからこそ、さらに怪しさが募ってワタシは困惑していたのだが、クライアントの八木沼からは条件があろうが動けばそれで構わないという理由で、強引に納品させられてしまった。一応、一緒に納品した動作マニュアルに対象のWEBサイトの危険性を注意書きとして書いておいたのだけれど、おそらく読まれてもいないだろう。
ワタシが八木沼と会ったのはその納品時の一回だけだ。その後すぐ別の開発プロジェクトに参加したこともあって、ワタシはあのツールやWEBサイトに対してそれ以上深く首を突っ込むことはなかった。クライアントの八木沼についても、ほとんど顔すら忘れていたが、昨日ニュース番組を観て久々に思い出したのだ。
あの人、死んだのか……。
ふと気になって、ワタシはスマートフォンを取り出し、あの『あなたの殺意を認証します』とセルメイナ語で書かれたWEBサイトを覗いてみた。相変わらずシンプルな見た目のページだ。少しだけ懐かしい感じがした。
ページの下の方にある『スタック』のリンクを辿ってみる。
表示されたページには殺意認証の対象となった人名が並んでいた。一覧の一番上には英記で『シンサク・ヤギヌマ』と掲載され、その横には『殺意実行済み』のバッジが表示されていた。
当時は、このWEBサイトに掲載されているシンサク・ヤギヌマとクライアントの八木沼が同一人物なのかもしれないと半信半疑であったが、今『殺意実行済み』のバッジが貼られていることを見ると、不思議と確信めいたものを感じる。そして、ワタシ本人としては八木沼に対して悪感情がなかったこともあってか、世の中の彼に対しての憎悪の大きさに奇妙な驚きを覚えてもいた。
次にワタシはリンクが付与されている『シンサク・ヤギヌマ』の名前をタップしてみる。
そこに表示されたのは、シンサク・ヤギヌマに対して殺意認証を行った人たちの名前と認証回数だった。上位に表示されている人たちの認証数は軒並み5000回を超えている。トップに表示されている人物『レイヤ・イマジ』に至っては9000回に迫る数だった。
この数の認証数を稼ぐには人力では無理がある。もしかして、ワタシが作った自動認証ツールを使ったのだろうか?
ワタシは少しだけ不安を覚えたが、確かめる術はなかった。いや、あんな自動認証ツールはある程度知識があれば誰でも作れるレベルのものだ。自分の作ったものとは関係ないはずだ。そう心に言い聞かせるものの、湧きあがる焦燥感を
スマートフォンのブラウザで『シンサク・ヤギヌマ』と『ツール』のキーワードで検索してみる。
検索結果には『殺意認証ツール』というものが引っかかった。早速リンクを伝って、そのツールがダウンロードできるページに辿り着いた。どうやらスマートフォンでは使えないツールのようだ。
ワタシは食事を中断して、仕事鞄からラップトップPCを取り出しブラウザを起動させると、先ほどと同じ手順でツールがダウンロードできるページを開いた。続けてツールをダウンロードする。ダウンロードしたファイルをウィルススキャンし、安全であることを確認するとツールの中身を覗いてみた。
衝撃を受けた。
これは、ワタシが作った自動化ツールではないか!
試しにツールを起動してみる。
見馴れたアプリケーションが表示された。殺意対象者の名前と、自分の名前をそれぞれ入力する欄と、連続で認証を実行する回数を設定できる欄がある。回数を未設定のままにするとアプリケーション実行中はずっと認証が行われる仕組みだ。それ以外には、連続認証を開始するボタンが備え付けられているだけの単純な見た目である。インターネットに接続できるPCでそのアプリケーションを実行させておくことで、いつまでもあのWEBサイトに『殺意認証』をし続けてくれるというツールだった。
しばらく動揺した後、ワタシは心を落ち着かせながら考えた。
インターネット上で配布されているあのツールの開発者はワタシだが、既に納品した後であり、納品物の所有権はクライアントであった八木沼にある。八木沼が故意や過失であれ、そこから流用されたのであれば、ワタシや自分の会社には一切関係のない話なのだ。それにあのツール自体に違法性はない。もしもそれを不特定多数の者が使用して、例えばあのWEBサイトに損害を与えたとしても、責められるのは八木沼側であるはずだ。
そう理論武装してみると、いくらか冷静になって来た。
それにしても、まさかワタシが八木沼のために作ったツールが、彼のヘイトを増やすために使われていたのは何とも皮肉なことだった。八木沼はそのことを知っていたのだろうか。もし知っていたとしたら、とても平静ではいられなかっただろうな。
つけっぱなしにしていたテレビのニュース番組では、話題が切り替わり、セルメイナとローシェの戦争の様子が映し出されていた。いつものワタシであれば、ニュース番組でこの話題が始まるとチャンネルを変えたりテレビの電源を切るのだが、今日は何故かその内容をぼーっと眺めていた。
程なくして場面が切り替わりローシュ連邦のアルトゥール・ラヴレンチ・ブーニン大統領が映し出される。
「八木沼じゃなく、こいつこそ死ぬべきだ……」
ワタシの心に黒いもやのようなものが立ち込めた。常日頃、この感情を生じさせないようにあえてセルメイナやローシェの話題を避けていた反動もあるのかもしれない。
しばらくテレビに映るブーニン大統領の顔を睨みつけていると、次のニュースに切り替わった。
そうだ、あのWEBサイトでのブーニン大統領のヘイト数はどこまで増えているのだろうか。
ワタシは起動していたPCに視線を移すと、ブラウザで『あなたの殺意を認証します』のWEBサイトにアクセスする。『スタック』のリンクを辿った先で、アルトゥール・ラヴレンチ・ブーニンの名前を探した。その名前は一覧の3番目に掲載されていた。もちろん彼より上に並んでいる人物はすでに『殺意実行済み』のバッジが貼られた二人である。アルトゥール・ラヴレンチ・ブーニンことブーニン大統領のスタック数は1億2000万を超えていた。石田首相や八木沼のスタック数を超えるのもそう時間はかからないかもしれない。
やはり、あの大統領は多くのヘイトを集める存在なのだ。世界に対していくら自己正当化したところで、戦争を始めた独裁者として多くの人たちが彼を嫌っている。その事実に慰められる。
いい気味だ。
ワタシの心の黒いもやが少しだけ晴れた気がした。
よし、ここはワタシのツールを使ってあいつにもっとヘイトを集めてやろう。八木沼のヘイト数を越えたら、現実世界のあいつも『殺意実行済み』にならないものかな。
ワタシは自動化ツールに大統領の名前と自分の名前を入力し、連続認証を開始した。
殺意認証 勝舟 @ka2
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