連鎖する殺意

 俺は芳賀健介はがけんすけ、内閣情報調査室の国内部門の職員だ。警察庁から出向して今年で3年目になるが、所属している国内部内ではまだまだ新人に毛が生えた程度だ。〝内調ないちょう〟には警察庁の他にも防衛省や公安、外務省から出向して来ているメンバーがいて、それら出向組はエリート候補生とも言われている。ここで数年勤めてから出向元に戻ると、出世しやすいという話を同じ出向組の先輩が話していた。特に〝内調〟のトップは警察庁出身者が任命されるのが慣例なので、警察庁での〝内調〟行きは出世コースの第一歩として羨ましがられているらしい。俺はそこまで出世とかにこだわりがないので、出向組に選ばれた時は驚きの方が大きかった。まぁ、能力を評価してもらったと思って、そこのところは素直に喜んでいる。

 

 今、俺は先日発生した総理大臣の急死事件に関する調査を行っている。総理大臣の死にとあるWEBサイトが関わっているとかいう、冗談みたいな事案を調査中だ。ちょうどその前にやっていた調査がひと段落して、手が空いていたところを運悪く引きずり込まれたって感じだ。とはいえ、担当の情報分析官の藤堂幸一郎とうどうこういちろうさんとは仲良くさせてもらっているので、たまには彼の手伝いをするのも良いかな、と思っている。

 この案件での俺の仕事は、通称『殺意認証サイト』と言うことになったWEBサイトで、亡くなった総理大臣に対して『殺意認証』と呼ばれる登録行為を行った人物たちを調査することだ。このWEBサイトでは「殺意」と言っているが、実際のところは「ヘイト」って表現が妥当だろう。で、亡くなった総理大臣はそのヘイトをこの国の総人口ぐらい集めていたのだ。就任以来、打ち出す経済政策が増税に繋がる施策ばかりで、「増税マニア」とか揶揄やゆされて稀に見る不人気な総理だったので、それも仕方ないのかもしれないが……。

 そんな中、総理大臣が記者会見中に急性心不全で亡くなって、その死に『殺意認証サイト』が関与しているのでは?――という投書が多くの国民の皆さんから寄せられたのが事の始まりだ。普通に考えたら、笑い飛ばして無視するような話なんだけど、同じような投書の数があまりにも多かったので、とりあえず調査して「とくに問題ありませんでした」というお墨付きが欲しいと藤堂さんが言っていた。


 調査を始めて三日目の朝、通勤中の地下鉄で、吊り下げられている本日発売の週刊誌の中吊り広告が目に入った。

『石田総理の死に疑惑あり⁉ 謎の闇サイトに投じられた〝殺意〟の正体!』

 ――これは、まさに俺が絶賛調査中のWEBサイトのことだよな。さすがに、こういうゴシップ的なネタについては市井しせいの本職の人たちの調査力にはかなわないねぇ……。ここ数日の俺の勤労が徒労に終わったような気分になって、わずかばかり落ち込んだ。もちろん、俺は職場の最寄り駅でその週刊誌を購入してから出勤した。

 自分の業務スペースで購入した週刊誌の記事を読んでいると、同じくこの案件の調査をしている先輩の矢島繁やじましげるがやって来た。矢島さんも同じ週刊誌を持っている。

「やはり、お前も買っていたか。芳賀」

「あはは、そりゃぁ、このネタですからねぇ……。ちょっと、他紙よそにすっぱ抜かれた記者の気持ちがわかりましたよ」

「……で、中身はどうだ?」

「だいたい俺が調べた内容と一緒ですね。認証数トップの名前、ローマ字の『シンサク・ヤギヌマ』ってのは元衆議院議員の八木沼氏で間違いないかと。なんだか、こっちの調査結果を裏取りしてもらったみたいでこそばゆい感じがしますよ」

 俺は苦笑して頬をかいた。

「他は?」

「認証数の多い人たちは八木沼氏の秘書や、彼の議員事務所のスタッフと名前が一致してますね。週刊誌ではこの辺りまでしか書いてないですが、それ以下に並んでるのも八木沼氏を支持してる地元の後援会の有権者たちの名前と一致します。これは八木沼氏の関係者たちによる組織的な認証数稼ぎって線が濃厚かと」

「ふむ、そうなると動機は逆恨みか……」

「でしょうねぇ……」

 およそ4ヶ月前、与党・自明党の最大派閥の領袖だった八木沼進作やぎぬましんさく衆議院議員が政治資金規正法違反で議員辞職に追い込まれた。派閥内での裏金工作を指示していたことが発覚し、それに合わせて八木沼の政策秘書や財務担当者が数人起訴されたのが発端だった。自明党の有力なフィクサーであった八木沼を、はじめは石田首相も擁護していたが、どんどん明るみになる八木沼の悪い噂に伴って内閣支持率が低下、さすがに庇い切れなくなった首相は彼に議員辞職を勧めたと言われている。八木沼は議員辞職後も党内で勢力を維持するべく暗躍していたらしいが、彼の辞職後に行われた内閣改造で、彼の派閥からの入閣者がゼロになったことで潮目が変わった。八木沼の派閥では有力メンバーの多くが離脱を表明し、彼の党内での影響力は目に見えて弱体化して行くことになった。今では、かつての最大派閥も数名のみが所属する零細派閥にまで凋落している。

 この一連の騒動は「石田首相のトカゲの尻尾切り」と揶揄され、一時だけ支持率を回復させた。しかし、内閣改造以降も不評な政策ばかりを垂れ流したため、石田首相の評判は右肩下がりであった。そして、そんな中で石田首相と八木沼の仲は修復不能なぐらい悪化したと言われている。傍目はためにも悪事を働いた八木沼の逆恨みでしかないのだが、議員時代から自尊心だけは人一倍強い言動を見せていた彼の心中は察するに余りあるものだろう。

「まぁ、八木沼氏の本心はわかりませんが、例えば自分を切り捨てた石田首相にヘイトを集めて評判下げて、気を晴らそうとしたとか……ありそうじゃないですか?」

 もしかしたら、本気でヘイトを使った同調圧力で世論を誘導して、首相を退陣させようとか誇大妄想的なことを考えていたのかもしれない。

「なるほどな……。八木沼氏の組織票はどれくらいになる?」

「百以下の認証数の人までは調べてないので、それを除外すると660万ちょいですね」

在塚ありづかからの報告だと、連続認証は最低でも2分おきだったな」

「あ、はい、なので八木沼氏の関係者と思われる認証者約100名が3ヶ月程度、四六時中認証していた計算になりますね。十中八九、何かツールでも使って自動で認証させていたんじゃないかと」

「恐るべき執念だな……。それだけ怨みが深いということか」

「それでも、総認証数の6%にもならないので……元々の首相の不人気ぶりがすごすぎるんですけどね」

 矢島さんは少し考える素振りで、手に持っていた週刊誌の表紙を見てから口を開いた。

「事件性は?」

「……ないですね。八木沼氏が人海戦術で殺意認証していただけで、それが石田首相の死に繋がったと思われる因果関係は見当たりません」

 週刊誌の記事では、『殺意認証サイト』による大量の殺意数を目の当たりにした石田総理が、精神的な負荷による心不全を引き起こしたのではないか……という考察が書かれていたが、根拠もなく眉唾まゆつば過ぎる推論だ。

「我々の裏取りは一旦ここまでだな。調査結果を藤堂くんに報告しておいてくれ」

「わかりました。……でも、これからどうなりますかねぇ?」

 俺は自分の週刊誌を閉じて、矢島さんに表紙を見せた。

「ふっ、マスコミが好きそうなネタだからな……八木沼氏を引っ張り出して、しばらく騒がしくなるかも知れないな」

「八木沼氏は『知らぬ存ぜぬ』で押し通るでしょうねぇ……」

「今のところ公になっているのが認証者の名前だけで、それが実際に本人かどうかはわからんしな。あまり騒ぎすぎると、八木沼氏側から誹謗中傷を盾に反撃されかねん。マスコミもバカじゃないから、そこまで深く踏み込まないんじゃないか?」

 矢島さんの読みは正しい。八木沼氏側はあのサイトの認証者の名前はたまたま同姓同名で、自分たちのあずかり知らぬことと言い張るだろう。あまり騒ぎ立てると、むしろ自分たちに疑惑を向けさせるための誰かの工作だと言って、被害者側に立って反撃するぐらいはやりそうだ。

「そうなると、『殺意認証サイト』の方が燃えるかもしれませんね」

「どういうことだ……?」

「今あのサイトで亡くなった石田首相の次に日本人でヘイト集めてるのが八木沼氏なんですよ。その数がもっと増えることになるんじゃないかと」

「また投書が増えて再調査……ということにはならないで欲しいものだな」

「あ……まったくその通りですね……」

 苦笑する矢島さんを見ながら、俺は余計なことを言ってしまったと肩をすくめた。不吉なフラグが立っていないことを祈りたいところだ……。


 『殺意認証サイト』の調査がひと段落して数日が経った。

 俺と矢島さんの裏取り作業は一旦終了ということになったが、在塚ちゃんはまだ解放されていない。とは言っても、彼女の場合はNISC内閣サイバーセキュリティセンターからの解析結果待ちという状態で、特に作業が忙しいわけではないと藤堂さんが言っていた。ただ、あのサイトには技術的に不可解な部分が多いため、在塚ちゃん的には消化不良で悶々としているのかもしれない。

 矢島さんの予想通り、世間では『殺意認証サイト』の話題が溢れていた。どうやら、あの週刊誌の記事から火がついたようで、テレビの情報番組では連日のように『殺意認証サイト』が取り上げられ、総理大臣の死との関連性や、謎に包まれた認証時の本人判別の仕組みなどについて様々な考察が行われている。特に本人判別の仕組みは、専門家でも説明できないこともあって、未知のウィルスの存在や、果てはオカルト的な話まで飛び出して世の中を賑わしていた。

 さらに俺の予想も的中して、八木沼氏を始めとする石田総理の殺意認証数の上位者への認証が急速に増え始めていた。

 これを後押ししているのがSNSでの盛り上がりであった。

『もしも石田総理と同じ数の殺意を誰かが集めたら、どうなるのかな?』

『たぶん殺意が実行されるんじゃない?』

『じゃあ、石田総理に一番多く殺意認証した〝シンサク・ヤギヌマ〟ってヤツを使って試してみようぜ』

『疑われてる本人は自分じゃないって言っているしな。もし殺意が実行されなかったら、疑いが晴れて本人も喜ぶんじゃね』

『でも連続で認証できないし、大変じゃね?』

『なんか自動でずっと認証してくれるツールがあるらしいぞ』

『そういや、身内が〝シンサク・ヤギヌマ〟の後援会行った時に、変なツール配られたって言ってたわ。今度、匿名板に晒しておくわ』

『おー神登場! あざます♪』

『つーか、その〝シンサク・ヤギヌマ〟って……クロ過ぎて草しか生えん』

 いつしか、自動殺意認証ツールなるものも出回り、八木沼氏ならぬローマ字表記の〝シンサク・ヤギヌマ〟に対しての認証数が跳ね上がっていった。今では、石田総理の次に認証数を積み上げていたローシェ連邦の大統領を抜いて、第二位にまで順位を上げている。


 ある日、一日一回の日課になりつつある『殺意認証サイト』でのスタック数確認作業を行っていると、手に持っていたスマートフォンがぶるぶると震えた。見ていたスタックページの一番上には、今まで表示されていた「フミヒコ・イシダ」を押しのけて、新たにローマ字の「シンサク・ヤギヌマ」が掲示されている。その名前の横には『殺意実行済み』のバッジが付いていた。

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