居候からでお願いします

すずきまさき

2LDK、JK付き

きっかけは、新生活を始めたくなったことだった。

大学生活も2年目を終えて、僕はいよいよぼっちが極まりつつあり、人恋しさが臨界に達しかけていた。

同クラの知人たちはさっさと彼女を見つけて僕に構ってくれなくなり、さりとて1年のときにあちこち顔を出したサークルはどこもなじめずで、顔見知りは居てもオトモダチはいない生活にそろそろ気が狂うんじゃあないか?と思ったりなんかしていた。


だから。

「そうだ、シェアハウスに住もう」

ちょうど進学を機に入居した物件の更新が近いこともあり、たまたまテレビ点けたテレビで特集されていたシェアハウスという世界に僕は強く興味を持ったのだった。

となれば善は急げ、である。

どうやったら住めるのか、まずは今のワンルームを紹介してくれた不動産屋に相談してみることにした。


「シェアハウスってウチみたいな不動産屋はほとんど仲介してないんだよね」

そうして、猫背の中年男性によってあっさり現実を突きつけられたのであった。

なんでも、シェアハウスは貸主が直接入居希望者とやりとりをしたり、インターネットで申し込みをするのが普通だ、とのこと。

「キミ若いんだから、SNSとかそういうキラキラしたの得意じゃないの?」

「僕、そういうの自分でやるのはなんか苦手で、だから対面で紹介してほしかったんですけどね……」

がっくりきた。このままぼっち生活継続もやむなしかなー、と半ば諦めかけたとき

「……ところで、キミ何かやってる?結構鍛えてるでしょ」

「体動かすのは好きなんで、筋トレとたまに走ってるくらいですよ」

「それならシェアハウスとはちょっと違うけど、似たようなのを一箇所紹介できるかも」


なにやら電話を一本入れていたかと思うと、あれよあれよという間に気がつけばやや小ぶりな平屋住宅まで案内されていた。

「これ、シェアハウスなんですか?」

「まあ似たようなもんだね」

不動産屋は「じゃあ私はここまでで。話は通してあるからねー」と言うだけいってさっさと戻ってしまった。


玄関扉は開いたままである。

いつまでもぼーっと突っ立っていてもらちがあかない、ひとまず玄関まで入ってから

「ごめんくださいー」

そう叫んだ。すると、

「お兄さんが、ウチに来たいという方ですね。ご案内いたします」

そう言って出てきたのは、やや緊張した面持ちの、凛とした佇まいの女性だった。


「お手洗いはこちらです。隣が洗面台とお風呂になっています。反対側はリビングとキッチンです」

ふむふむ。渡されていた間取り図と見比べながら、失礼のないようにあちこち眺めていく。玄関を開けて内廊下の右手に水回り、左手の少し大きい部屋がリビングで、対面型のキッチンが据えられている。

「廊下の突き当りが私の部屋です。ご用でしたらノックしてください。お兄さんの部屋は、リビングの隣が空いてます」

玄関からまっすぐ突き当りと、リビング・ダイニングの隣のそれぞれが居室のようだ。

まだ真新しさを感じる、なかなか素敵な家だと思った。と、同時に間取り図を見てからずっと疑問だったことをそろそろ知りたくなった。

「ここまで、気になったことはありますか?」

「えっと、じゃあ。この2LDKの間取り図だけど、水回りの後ろの"D"って書いてある大きい部屋は、ダイニングですか?」

リビングキッチンが家の左手側にあるのに、右手側の廊下の先に食堂もあるとしたらちょっと変わった設計だ。

「そこは、道場」

「道場!?」

え、なにそれこわい。

「おじさんからは何も説明を受けてないですか?」

せっかくなので見ていってください、そう言って女の子は僕を促した。

廊下の突き当り、僕の部屋(予定)の前を右に曲がって少し先に、この平屋の半分ほどの面積を占める畳敷きの道場があった。


「こちらにお座りください」

促されるまま、僕は腰を下ろす。

彼女も僕に向かい合う位置で正座で座り、僕をまっすぐに見つめる。

堂々とした姿勢に気圧されるように、自然と僕も姿勢を正していた。

「改めてご挨拶いたします。南雲家十七代当主代行、南雲葵と申します」

「あ、はい。南雲さん、はじめまして。僕は渡辺隆一といいます」

「隆一さん、ですね。こちらの入居条件はどこまで聞いていますか?」

「いえ、何も……。シェアハウスのようなものだ、とだけ」

そこまで会話すると、葵さんはちょっと気まずそうに「そっかー……」とつぶやいた。

「……ごめん、堅苦しいのはここまでにするね」

葵さんがそう言って膝を崩すと、さっきまでの触れたら斬れそうな雰囲気は完全に消え去り、もういまどきの女の子にしか見えなくなっていた。

そうして落ち着いてみると、年格好はまだ高校生くらいだろうか、郷里の妹と同じくらいにも見える。

「えっと、ここに住み込んでもらう人には条件があって。ゆくゆくは南雲家を継いでほしいの」

「は?」

「厳密には、南雲家の跡継ぎを作ってくれる人、が条件なの……」

それってつまり、えーと、そういうこと?


南雲家は将軍家に取り立てられた隠密を祖として十六代、権力者を身を挺して守る盾として続いてきた、警護の名門だという。

先代当主(つまり、葵の父)もまた要人警護を生業とし……そして殉職したのだという。

「相続した遺産で家を建て直してもおつりが出るくらいだから、暮らしには困ってないんだけどね。せっかく続いてきた家系を私の代で絶やすのは、悔しくって」

そんな事情を訊けたのは、しばらく経ってからのことである。


ただ、今の僕が言えるのはこのくらいしかない。

「えーと、まずは居候からでもいいでしょうか……」


煮えきらない僕が毎日ひたすら道場でしごかれたり、葵の家庭教師をして同じ大学に通ったり、そんな日々の話はまた別の機会に語るとしよう。

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