最期の内見

眞壁 暁大

第1話

 二種類の人間がい る。そう言われて育ってきた。

 聞いていたとおりの集合住宅、その内見をしながらそのことを思い出していた。

 前を行く球型のロボットが対になったランプを青と黄に明滅させて停まる。

 ここがお前の部屋だ、という意味だろう。

 拒否するまでもなく、部屋の中へ入る。そもそも選択の余地はない。


 部屋の中は腰ぐらいの高さの寝台が一つ。

 腕を伸ばせばすぐにつく天井に小さな照明が一つ。

 それで終わりだった。

 寝台に身を投げて頭の側の壁面を三度なでると、そこに情報端末画面が浮かぶ。

 部屋の入口と奥、どちら側に頭を向けるかは自由に選べるようになっていた。

 ふだん寝るポジションが確定したことで、硬かった寝台が身体に合わせて柔軟に形を変えて体重を受け止めた。仰向けになって見上げた天井には入居ガイダンスの動画が流れていく。


 だいぶ前に戦争があって、それで人類は地下に潜ることを決めた。

 たがいに地下に潜ることを予見していた対立し合う人間たちはさらに戦争を続け、やがて地上からはいっさいの生命が喪われた。人類のもたらした大絶滅。

 今この星に生きる生命と呼べるものは人類と、その表皮と体内に生きる微小な生物くらい。他はすべて戦争で滅びてしまった。

 結果、その生命の維持を多くの他の生命に依存していた人類は暮らしが立ち行かなくなり、解決策を当時発展が著しかったAIに委ねた。

 その判断は間違っていなかったから、いまの暮らしがある。


 ガイダンスが終わりかけた頃に画面が暗転し、薄白い天井が戻ってくる。それと同時に室内に響くチャイム。食餌の時間だった。


 おなじような格好の人間が一つ所に集まり、半練りの食糧を各々のトレイに受け取る。AIが試行錯誤した末にたどり着いたメシだ。

 材料は人間の排泄物を混ぜ込んだ廃棄された人間である。ほかにろくな有機物がないので当然の選択だった。数分もかけずに井の中に流し込むともう一度チャイムが鳴る。三々五々に分かれていく人間の後ろについていく球型のロボット。仕事の時間だった。


 細長く延々と続くハシゴを登りきった先に、地上の様子を観察する突起が設えらえていた。周囲を見渡せばおなじようなキノコ型の突起がいくつも生えている。暗色のまだら模様に彩られた地上がどこまでも広がっていた。どこにも生命の兆しなどなかった。


 激しい交戦は終わったものの、戦争は続いていた。

 互いに相手を攻撃する手段を枯渇した小休止。再生産の生産基盤も相互の破壊し尽くしたために吾も彼も、相手の動きを見張るしかない。それが選ばれし片方の仕事だった。五体満足で壮健な個体にしか出来ない仕事だ。

 もう一方の五体満足とはいかないものの脳力に秀でた人間たちは、AIの演算処理装置に組み込まれてこの社会の基盤を支えている。かつて存在した電子装置では、AIの人工脳を駆動する電力が足りない。人間の脳を用いればイオン交換で計算処理ができるので省エネルギーと学んだが良く分からなかった。だからこそ見張り係に選ばれたのだろう。


そうして30分ほど地上を眺めていただろうか、穴の底から球型ロボットのブザー音が響く。促されて降りるとこれで今日の仕事は終わりだ。自室へ戻り、寝台の上に転がる。そうして就寝時間まで、床ずれが起こらないようにアラームに促されて定期的に体を動かす。床ずれ予防を超えた運動は許可されていない。カロリーを過度に消耗するためだ。消費と供給のバランスはAIが判定する。

もし違反した場合、カロリー供給がもったいないので摂取カロリーが多すぎる個体は矯正睡眠にかけ、それでも改善が見られないときには別の個体と交換されることになっていた。


戦闘が再開せず、見張りをやるのに体力が不足していると判定されることもなく、つつがなく過ごせば、この生活が40±3くらいまで続く。それを過ぎれば廃棄となり、次の世代の栄養として処理される。

 ここは個体の新居であり、棺桶だった。


 その生活に意味はあるのか、と問うたことのある人間がかつてはいた。

 しかしAIにしてみれば意味を求められても困るのだろう、沈黙をもって返すだけだった。そもそも生存のための環境を保持し続けろと命じたのは人間である。その命令に応じ、AIは環境を整え、現に人間は生存し続けている。

 それ以上の何かは、新たに命じられないかぎりはAIは行動を起こさない。

 そして、AIになにかを命じる権限の付与されていた役割や立場の人間は、もう少し浅い地下で戦争の序盤に蒸発してしまっていた。



 AIの作り上げた循環の中で、人類は今も生き続けている。

 それ以上のなにかを求めることができるだろうか?

 AIの作り上げた世界、AIの作り上げた世界観の中で生きる人間に、それを想像するすべはなかった。なにがしかを想像するにもカロリーは消費するものだ。


 AIの過剰消費センサーに引っかかって廃棄されるのは勘弁。

 この生も、ただ生きているだけで意味があるのだ、そう考えて眠りについた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最期の内見 眞壁 暁大 @afumai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ