6 to 8

 あれから一週間が経った


 元々近寄り難い雰囲気に加え、無愛想で無口な葵はクラスメイト達とも最低限の挨拶でさえ交わすこともなくなった

 話しかければ答えるし挨拶されたら返すが、自らはしない葵が、話しかけても顔すら上げずに席を立ってその場から離れてしまう有様だった


「葵くん、今日日直でしょ? 皆のノート集めてきたから一緒に持っていこう?」

 窓際の一番後ろの席で頬杖をつき、ぼんやりと窓の外を見ている葵に、セミロングの女子が明るく笑いながら問いかける

「教卓にノートあるから、早く行こうよ。一時間目始まっちゃうよー」

 葵は女子生徒を一瞥すると溜息をついて立ち上がった。教室にいる生徒が2人のやり取りを固唾を飲んで見守っている

『すっげーよな、綾瀬って……』

『どうしてあの中野くんを名前呼びできるの?美月』

『お嬢様は天真爛漫でいいよねー』

 などひそひそと囁いている声も聞こえてくる

 葵はうんざりした様子で立ち上がるとノートが積まれている教卓へ向かうとほとんどのノートを抱えた

「……で、どこに持ってくんだこれ」

 美月は元気よく答える

「英語科準備室だよー!」



 左が教室棟、右が教科棟に分かれている建物はそれぞれの階層で渡り廊下が設置されてある。

 英語科準備室は2階の一番奥にある

 化学室や美術室や音楽室などもこの棟にあるので前科の準備室もこの建物に配置されている

「この学校って、場所が分かりやすくていいよね、助かるー」

 にぎやかな美月の独り言をききつつ歩みを進める

「ねえねえ葵くん」

「……なに?」

 無愛想に答える

「あのさ、最近川西先生となんかあった?」

 驚いてノートを落としそうになるが、かろうじて平静を装った

「…………別に」

「授業でもさ、川西先生の質問に無視してるし」

 美月が具体例をあげはじめる

「川西先生の方を全く見ないし。黒板だってノートに取ってないでしょ」

 そういうのよくないよ、と人差し指を葵の鼻先に押し付ける

「……分かった」

 素っ気なく言って歩みを進める。とにかくノートを提出して早く教室に戻りたかった

 英語科準備室に着くと、先生いるかなーと言いながら美月がノックする

 ノブが回り、戸が開く

 葵がそのままノートを渡そうとすると中に入るよう促された。

 美月はそれを見て、葵の背中を押して中に入れると、そのままドアを閉めた。

「ちょっと…………まっ……」

「じゃあ葵くん、教室でね!」

 失礼しまーす!と元気よく出て行く。

 ―――二人きりの静寂が、痛い

「授業始まるし、俺も行くから」

 とノートの束を乱暴に古い机の上に置くと、踵を返してドアに手をかけたその時、反対側の腕を取られた

「うわ!」

 思わず声を上げてのけ反る

「なにすんだよ、離せ!!」

 強く腕を振りほどくが男の手はまるで外れない

「ノート、提出してないでしょう」

「…………っ」

「最近全然取ってないですし、提出も出来ないでしょうからね。ノートを借りる友人もいないでしょうし」

 意地悪くほくそ笑む。冷たい汗が背中に流れるのを感じて身を竦ませる……が、怯えているのを必死で隠して務めて平静を装う

「お前以外の授業はちゃんとしてるから安心していいぞ、そろそろ手を離してくれないか?」

「……反抗的な生徒には指導が必要なようですね」

 いいながら葵の腕を取ったまま口元に持っていきそのまま口付ける。舌を這う感触に気持ち悪さを覚えた

「離せ!」

 爪を立てようと抗うと更に強く引き寄せられて無理矢理川西の前に立たされた格好になった。川西は180cmの長身を生かしてドアの鍵を閉めると微かに始業を知らせるチャイムが聞こえる

「授業、始まったんだけど」

「自分は空き時間だから気にしなくて大丈夫です。だからノートを持ってこさせたんですが」

「お前は良くても俺が困るんだけど?」

 イラついて葵が声を荒らげる。なんでもいい、早くここから離れたい。

「……葵」

「名前で呼ぶな、気持ち悪い」

 容赦なく吐き捨てる。葵の腕は掴まれたまま離さない。

「大嫌いだ、お前なんか」

「……まあ、当然ですね」

 川西は何事もないようにさらりと返す

「頼む、消えてくれ」

「それはできませんねぇ」

 小馬鹿にしたような嘲りを含んだ口調に葵はかっとなる

「なにが目的なんだ!俺はお前に何かしたのか?……あんな、あんなことまでして、俺のことがそんなに憎いのかよ!!!」

 たまらず葵が叫ぶ。暴れる葵を川西が強く抱きしめる形になった

「離せ!この変態!!俺に触るな!」

「いッ!!!」

 川西が呻く。葵が容赦なく川西の足を踏みつけたのだった

「今度は股間蹴り上げるからな」

 川西が葵を床に引き倒すと間髪入れずにのしかかってくる。手で葵の首を自身に向かせて固定するとそのまま膝に腰を降ろした

 葵の右手は川西に押し付けられたままだ

 空いている手は必然的に首を押さえつけているのを剥がそうと動く

「抗っても、無駄ですから」

 葵が鋭く川西を睨みつけると、川西の口元が勝ち誇ったように歪む

「いい眺め、ですよ」

「黙れ」

「このまま、あの時の続きをしましょうか」

 その言葉に、一瞬で表情が怯えに変わったのを見て、川西が喉を鳴らして笑う

「気を失ってしまったから覚えてないでしょうが」

 感じて喘いでいましたよ、と続ける

「嫌がりながらも俺を深くまで受け入れて」

 やめてくれ、と葵が震えた声で懇願する

「……聞きたくない…」

 川西は顔を近づけ、囁きかける

「孤高なフリをして、実は淫乱なんだと」

 ここまでしか言えなかった

 鈍い音がした

 川西の頬が横を向き、みるみる赤く染まる

 葵が涙を浮かべて荒く息をついている

 首から外そうとした手で拳を作り、殴ったのだ













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一途な夜 無慈悲な朝 梧 柊 @KINMOKUSEI115108

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