3-18(終) レベッカの歩む道
レベッカとリアムは、彼女らの故郷、ポメニ村へと足を運んでいた。
マーガレットもついて来たいとごねていたが、家で留守番してもらっている。
「一年ぶり、だな」
「そう、だね」
レベッカは不死者となった村人を凍結した日から、一年ごとにポメニ村へ訪れている。この村を凍らせている魔法が解けていないかを確認するためだ。
だけど、今日この村を訪れたのは、魔法の確認をするためではない。
『死にたい』と願っていた村人たちを死者の国へと還すためだ。
レベッカは魔王の一件で、どんな不死者をも殺す剣、還命剣を手に入れた。
これを使って、村人たちを斬ってやれば皆を死者の国へと還せる。
レベッカは村にかかっている凍結を半解凍した。
歩くスペースを作るためのもので、かつ、村人たちの意識が戻らない範疇だ。
二人は黙りながら、村で過ごした日々を懐かしむこともなく、村人たちが凍っている場所へと歩いて行った。
まずは一人目。
青年だ。
レベッカの知るかぎり、彼は勉学に秀でていた。翌年には王都に向かって官吏の登用試験を受けると村で期待されていた。
「ごめんなさい」
そう言いながら、彼の胸元に剣を差し込んでいく。
凍っているから血は出ない、それでも一人の不死がここで終わった。
二人目。
妊婦だった。
レベッカの知るかぎりでは、彼女は村のムードメーカーだった。そして、臨月であり、新たな生命の誕生を村人たちは望んでいた。
「ごめんなさい」
先ほどと同じように彼女の胸元に剣を差し込んだ。
また一人、不死者の人生が幕を閉じた。
三人目…………。
◆ ◆ ◆
レベッカは自分が貶してしまったポメニ村の人々を思いながら、一人一人、償いを果たしていった。
そして、最後に残ったのがレベッカの両親だった。
父は誠実な人だった。
村の男たちは獲れた果実を都市へ売りに行くのだが、その際も誠実が過ぎるから交渉が下手だと皆に文句を言われていた。母への誕生日プレゼントも隠していたのに、その気質のせいでバレバレだった。
レベッカはそんな父のことが大好きだった。
今、父を殺すために、剣を胸に突き刺そうとする。
だけど、手が震えて上手く動かない。
ツゥと冷や汗がレベッカの頬を流れるほどの、時間が流れた。
どうしてもその胸を貫くことがレベッカには出来ない。
しかし、その剣はレベッカ以外の力を得て、父の胸へと沈んでいく。
見ると、リアムが柄を押し込んでいた。
「り、リアム君……ありがとう」
「……いいんだよ。それがオレの役目だからな」
道を違えない限りリアム君は、無根拠に自分を肯定してくれる。
そんな彼の優しさを受けて、本能を理性で塗りつぶす。
本当の最後の一人になったのは、母だ。
母は厳しいけど優しい人だった。
父がちょっといい人過ぎるからだろうか、意図的にレベッカに厳しく接していたのだと思う。村のじいちゃんばあちゃん達から干した果物を貰っていたら、ちゃんとお礼をしてないことを怒られた。ちょっと理不尽だと思ったのを覚えている。
だけど、寝る時は寂しがる自分と一緒に寝てくれたし、稼ぎが出た日は好きなものを作ってくれた。
レベッカは当然、母も大好きだった。
そんな彼女に剣を突き刺すのは、どうしても抵抗がある。
「……手伝おうか? レベッカ」
リアムの心配そうな表情が目に映った。
頷けば、彼は協力してくれるだろう。そういう人だ。
だけど、レベッカはもう自分の贖罪に、リアムを付き合わせる気はなかった。
「——ううん、大丈夫」
レベッカは魔王から教えてもらった、剣を魔力で伸ばす魔法を使った。
これを使えば、身体が動かなくても、理性さえあれば母を殺せる。
母の肉体も砂となって消えていった。
レベッカは、その様子を目を逸らさずに見つめていた。
「……お疲れ様。レベッカ」
「……ここまで、本当にありがとう。リアム君」
こうして、レベッカは大多数の村人への贖罪が終わりを告げた。
しかし、彼女には、ここまで連れ添ってくれた大切な人――リアムに聞かなくていけないことがあった。
「ねえ、リアム君は、これからどうする?」
「どういう意味だ?」
とぼけているようだが、本当は彼も分かっているのではないだろうか。
意を決してレベッカは言葉を紡いでいく。
「ずっと、わ、わたしは、分からなかったんだ。どうして、リアム君が、わたしを、さ、支えてくれるのか」
あの日、どうして彼は自分を助けると誓ったのか。
人の気持ちは言わなければ分からない。伝えなければ分かり合えることはない。
葬儀屋という仕事をしていれば、そんなことは簡単に思い知る。
しかし、そのことが分かっていても、簡単に人と心を通じ合わすことはできない。
それが人だ。
だから、レベッカは勝手に、不器用にリアムの心を推し量る。
「リアム君は、わたしが、心配だから、ここまで支えてくれたんだよね……? でも、もうわたしは、大丈夫! 一人でもやっていける……だから……」
レベッカは先のことを考えて、涙声になってしまった。
それでも、彼を心配させまいと笑顔だけは絶やさない。
「だから、さ、リアム君が望むなら、死者の国、に、還ってもいいんだよ……?」
レベッカの言葉にリアムは少し微笑んだ。
その表情は、二人で誓いを立てた時と同じだった。
「——そうか。お前に殺されるなら、本望だよ」
レベッカは還命剣を構えた。
でも、両親を殺したとき以上に、腕が重たかった。
それでも、それでも、彼が望むなら、やるしか――。
彼と過ごした幼少期からの思い出が、走馬灯のように脳内に再生されていく。
一緒に果樹畑を走り回ったあの日、村にやってきた学者を色々と質問攻めしたあの日、魔獣から助けてくれたあの日。
リアムは一貫して、自分を助けてくれた。
誰に怒られようとも、どんな罪を犯そうとも。
そんなリアムのことを、レベッカは――。
「——なあ、レベッカ。最後だから言うけど、オレ、お前のことが好きだったんだ」
リアムの声がレベッカを震わせた。
それだけの意義を持つ告白だった。
「だから、誓いを立てたあの日、お前に少しでも前向きな生き方をして欲しいって、被害者の立場を利用した。そんな歪な進み方だけど、前を向いてくれたのは本当に嬉しいよ。これで、満足して――」
レベッカは剣を手から落として、地面に崩れ落ちた。
もう無理だった。そんなことを言われては、レベッカはどうしても満たされてしまった。動けなくなってしまった。
罪を犯してしまった者として、生涯をかけてやらなくていけないことがある。けど、どこかで本当の意味で、自身の救いを求めていた。
「ほ、本当に、こんな、わたしが、す、好きなの? だって、虐殺者で、非道な悪者で……罪を背負っていかなきゃいけない女なのに……?」
「ああ、そもそも俺は最初からお前を恨んでない。お前が悪者だって自覚していても、オレにとっては関係ない……だって、本当に悪い奴は、そんな風に思い悩んだりしないだろ。だからオレはお前を悪だとは思ってない」
リアムにそう言われたとて、罪を許されたわけではない。
でも、贖罪を果たしたからか。今までの苦悩を見ていた彼に、優しい声でそんな風に言われて、心に響かないわけがなかった。
「レベッカ。顔を上げてくれ」
リアムと目が合う。
彼の暖かな視線が凍ったレベッカの心を溶かしていく。
「良ければ、オレはまだレベッカと一緒にいたい。結婚しようなんて言えないけど、迷惑じゃないかぎり、お前を支えていきたい。これは被害者でも、弟でもない、リアム・クラウザーの本当の願いだ」
レベッカはフラフラとしながら立ち上がった。
そして、リアムの頬にキスをした。
体温の無い彼は冷たかった。
でも、何より心が温かくなっていく。
「……結婚、しよ。わ、わたしも、リアム君が好きだから」
レベッカの答えはリアムにとって予想外だったようで、一瞬固まっていたが、彼もキスを返してくれた。
それでも、レベッカの心には、幸せになっていいのか? という自問自答が行き交っていた。
だがら、レベッカは今一度、心を決めた。
リアムと一緒に、少しでも悲惨な死を、この世から減らそうと。
◆ ◆ ◆
王都のはずれ。
共同墓地のすぐ近くには小さな葬儀屋さんがあった
その葬儀屋さんには自身の、誰かの『死』に悩みを抱える者達がやってくる。
彼らに寄り添い、様々な死により起こる悲しい別れや旅立ちを、少しでも良いものへと、悔いなく逝けるような「死」を提供する。
その葬儀屋エクイノには今日も依頼者がやってくる。
夫婦となったレベッカとリアム、弟子となったマーガレットは、大急ぎで朝食を切り上げて、お客さんを迎えるのだった。
―――――――――――――――
あとがき
最期まで読んでいただきありがとうございました!
レベッカとリアムに数か月向き合って来たせいか、喪失感がデカいです。
面白いと思っていただけたのなら、★評価やレビュー、応援コメント等をいただけると大変励みになります。
別作品でまたお会いできたら嬉しいです! それでは!
死霊術師レベッカの葬儀屋~遺族、故人を問わずご依頼お受けします~ 綿紙チル @menki-tiru
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