3-17 魔王の真意
「ほ、ほんとうに、マーガレットさんが人間……?」
彼女には魔族の証である角が生えている。どう見ても本物にしか見えないそれは、今も美しく光沢を帯びている。
だが、ジナーフが手をかざした途端、その角は消えてしまった。
「パパ、ワタシ嫌だよ! 人間の世界で暮らしていくなんて信じられない。それに、その言い方……せっかく生き返ったのにまた死んじゃうの……」
一方のマーガレットはジナーフの提案を受け入れらないようだった。
嫌悪感と恐怖が混じったような不快さが表情に溢れていた。
彼女は、レベッカとの戦闘中にも『人間が嫌い』だと明言していたし、元々『パパが好きだから』という理由でここまで動いて来たのだ。そんな彼女には、少し受け入れ難い提案なのだろう。
「じゃが、ワシはマーガレットには平穏に過ごして欲しいのだ。魔族領にいれば、おまんの肩書や実力を狙って、望まない形で必ず戦乱に巻き込まれるからの」
「そんなことわかってるけど……、それでもワタシを捨てた人間たちの世界で生きていくなんて絶対に嫌! それにパパの愛した魔族領で生きていきたい」
彼女の人間嫌いは自分を捨てた両親への恨みから……。
いや、だけど、彼女の拒否反応は人間が嫌いなだけではない。寧ろそちらを強調することで、父親と長く一緒に居たいとアピールしているようにも感じる。
「聞き分けのない娘だの~、そうやって甘えてくれるのは嬉しいんだがの」
ジナーフは少しだけ困った笑顔を浮かべていた。
だが、彼の心は揺るぎないようで、マーガレットに真摯な目を向ける。
「そもそもだが、マーガレット。ワシに逆らう権利はおまんにはないぞ。力比べに負けておるのだ。ワシの言うことを聞かんといけないはずだがの」
「ぐううううう」
歯ぎしりをするマーガレット
そう言われてしまえば反論することができなかったようだ。
魔族であろうとすればするほど、力比べで負けたときの代償は重いのだろう。逆に負けたことを無下にしてしまえば魔族らしさを失う。
「まあ、でもレベッカ殿なら、おまんもついて行くに値すると思うがの?」
「そんなわけないじゃない! パパの助力が無ければワタシに負けていたような奴について行く価値なんてない!」
思わぬところで正論で非難されてレベッカは少しだけ傷ついた。
良くも悪くも素直な子なマーガレットに言われれば余計に。
「そうかもしれんが、魔法でも死霊術の腕前でおまんが勝っているところは一つもない。蘇生した肉体の再限度なんて最たるところだの。レベッカが蘇らせた存在からは血が出る、と言えば分かるか?」
「……確かに言われてみれば、レベッカの呼び出したアンデッドたちは出血してた」
師匠のアリアがレベッカを【王国史上最高の死霊術師】と呼ぶ理由だ。
歴史上の死霊術師で、ここまで完璧に死者を蘇らせた者はレベッカのみ。
そのことを知っているのかは知らないが、レベッカを見るマーガレットの目が変わったような気がした。
「それにおまんを捨てた両親のようにレベッカの性根は腐っておらん。そのくらい良い歳だし分かっておるだろう」
マーガレットは黙ってしまった。
彼女自身もそれに関しては思うことがあるのかもしれない。
その沈黙をジナーフは、肯定だと捉えたのだろう。
彼は改めてレベッカに頭を下げた。
「と、言うことでマーガレットのことをお頼みいたしますぞ。レベッカ殿」
正直レベッカは受けても良いと思っていた。
彼はレベッカにとって憎むべき魔王なのかもしれない。けど、わざわざ謝罪として、還命剣を渡してくれた。
そもそも一度間違いを犯しているレベッカに、他人を許さないなんてことを言える権利はないのだ。
ただ、レベッカには聞きたいことがあった。
「な、なにが、ジナーフさんの、本当の望みはなんですか?」
「パパの本当の望み……?」
マーガレットが不思議そうに繰り返した。
そんな彼女の疑問に応えるようにレべッカは話を続けていく。
「そ、そもそも貴方は、自身の死を望んでいた、はず。ですが、あの還命剣を抜けるのであれば、自殺することが、できます。そ、それに、『変調のミリア』だって一人で勝手に捕まえていた。わたしを巻き込んで、何をしたかったのですか?」
レベッカがいなくても一人ですべて解決できたはず。
それだけの力がある人が、レベッカを頼って来た理由が一切分からない。
「フハハハハ! 確かにそうだの。解決しようとすれば、ワシ一人で何でもできた」
魔王はとてもにこやかに笑っていた。
だけど、その後に悟ったような表情を見せてきた。
「だがの、こと子育てに関しては、何もかも一人でできるわけではなかったと、死んでから気づいたのだ。だから、人を頼ってみようとの」
なんでもできたからこそ、死後もマーガレットが思い通りになると思っていたのだろう。だけど、彼女は予想外の出来事をしてしまった。といった風か。
「そ、その頼る相手が、わたし、なんですか?」
「うむ。魔族領を旅していた時に、貴殿の噂、途轍もなく強い人間の死霊術師がいるとアッシェ領の村で聞いての。何でも、あのアッシェと戦った理由が『友達のため』。この魔王城では同世代の友がおらなかったマーガレットと友達になってくれるのではと、思っての」
平然と語るジナーフだが、それでわざわざ人間の王都まで来るなんて……やっぱり子ども思いの良い父親であろうとしている。
レベッカはハッとした。
その確かなジナーフの娘への想いに気づいた時、レベッカはあることに気が付いてしまったのだ。
「も、もしかして、わ、わたしと、マーガレットさんを戦わせた二つ目の理由って……お、お互いを知り合うため、とか、ですか?」
「おおっ! そうじゃ。お互いに手の内を知っていた方がいいと思っての。そこまで気づくとは、勘が鋭いのぉ」
そのせいで一度殺されたんですが、と反論が口から出かかったが止めておいた。
だが、マーガレットの方は我慢できなかったようで。
「はあああ! パパと戦える最初で最後の機会だったのに!」
マーガレットは棍棒でジナーフを殴って、その衝撃でジナーフは壁に叩きつけられた。だけども彼は笑っている。
「すまん。すまん。許してくれ。もう最後だしの、笑ってお別れしたいの」
「え! パパもう行っちゃうの……? 待ってよ。まだ色々話したいことが……」
唐突に訪れようとしている二度目の別れを、マーガレットは受け止め切れていないようだった。
そんな娘に対して、ジナーフは苦笑交じりに言うのだった。
「マーガレットよ。心配せずとも天寿を全うすれば、いずれあの世でワシに逢える。一度死んだワシが言うのだ、信頼しておくれ。人生、楽しむのじゃぞ」
マーガレットは泣き笑いをしていた。
先ほど、ジナーフが言った『笑ってお別れしたい』を実行しようとしているのだ。
「では、レベッカ殿。マーガレットのことをよろしく頼む」
「はい。しかと承わりました」
レベッカは還命剣を抜き放ち、ジナーフを切り裂いた。
彼は最後までマーガレットに手を振りながら、この世を去っていった。
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