3-16 パパにとって

「ワタシの、パパの魔王軍が……消えた?」


 マーガレットが唖然としてしまっている声がレベッカの耳に届いた。


 まだ生者の国に残っている少数の兵士たちは後で還そう。

 それよりも今は、マーガレットの相手だ。

 

「レベッカっ! 何をしたのよ!」


 こちらに飛んできたマーガレットは怒りで顔が炎のように燃え上がっていた。

 彼女だって死霊術師。自身が契約している魔王軍兵士たちが死者の国へと還ってしまったことを感じ取ったのだろう。


 怒りに身を任せたマーガレットは肉体を歪ませる死霊術を使った。白い靄のような術で、これを生身で受ければ、魂と肉体のバランスが崩れて体が解けてしまう。


 レベッカは防御魔法を発動させ、自身を覆うような半透明な幕で身を守る。


 マーガレットは笑っていた。

 先ほどまでの魔法出力の差があれば、レベッカの防御魔法を抜けると思ったのだ。


 しかし、マーガレットが放った白い靄は、全て防御魔法に弾かれていた。


「な、なんで効かないの……?」


 マーガレットは死霊術だけでなく、色々な魔法を使って攻撃した。

 炎、水、土、風、雷、氷、様々な形に彩られた魔力の塊がレベッカの防御魔法を壊そうとするが、ヒビすら入らない。


「気づいていないんですか? マーガレットさんが契約していた魔王軍兵士たちが死者の国へと還ったことで、魔力の吸収ができなくなっているのです」


「あ、え、ほんとだ……」


 先ほどまでは二倍程度あったマーガレットの魔力量は、魔王軍の消失により、元の量へと戻っている。つまり、現在の彼女はレベッカの二割ほどの魔力量しかない。


 その程度ではレベッカの防御魔法を貫けるわけがなかった。


「マーガレットさんの負けです。諦めてください」


「く、くそっ!」


 それでも魔法での攻撃を止めないマーガレット。

 レベッカは防御魔法を展開しながらも一歩ずつ近づいていく。


「負け、と言ったはずです」


 十分な距離まで近づいたレベッカは、氷魔法を使いマーガレットの手足を凍結させて身動きを封じる。


 動けなくなったマーガレットは、憎悪の込もった目でレベッカを強く睨んでいる。 

 ポメニ村の人々に向けられた目線に、それは似ていた。


「に、人間如きにワタシは負けない! 例え手足が動かなくたって――!」


 まだ動こうとしてくるが、魔力で生み出した氷が、マーガレットの魔法の発動を阻害する。もう何かできるような状況ではないだろう。


「ワシが判断する。マーガレット、おまんの負けだ」


 レベッカの懐から出てきた小さなジナーフが告げた。


 彼の言葉を聞いてマーガレットは、まるで我慢がならないと言ったようで、感情を爆発させた。それもレベッカに向けてではなく、自身の父親に向けてだ。


「ワタシは今でも納得いってない。だってパパが死んだのはワタシのせいなんだよ!

 裏切った奴も、あんな卑怯な真似をした勇者だって、八つ裂きにしてやらなきゃ、ワタシ自身を許せない」


 違った。マーガレットはジナーフにも怒っている。だが、一番怒りたい、責め立てたい誰かは自分自身なのだ。


 同じ死霊術師ということだけでなく、こんなところまで―—自罰で動いているところまで魔王の娘と同じだとは思わなかった。


 そして、マーガレットはずっと溜めていた感情を吐き出していった。


「……パパが自刃したのは、ワタシが人質に取られたからなのに! それなのに! 最後の瞬間までワタシに恨み言の一つも言わないで……本当はワタシを恨んでいるから、魔族領の再統一だって乗り気じゃないんでしょ!」


 悲痛な声が響いていた。

 そうやって自分自身を追い込んでいく、マーガレットの姿は痛々しかった。


「レベッカ殿。氷魔法を解いてくだされ」

 

 気づけば、レベッカの前に、元のサイズになったジナーフの分体が立っていた。


 レベッカは言われるがままにマーガレットの拘束を解く。

 そうするとジナーフはその大きな体でマーガレットを包み込んだ。


「マーガレットも馬鹿だの。ワシは親なのだぞ。おまんを守れるのなら、命くらい惜しむことはない」


 一人の父親は優しく娘の頭を撫でていた。

 マーガレットはその手を握って、父と目線を合わせた。


「パパがそういう人だってことは分かってる……分かってるけど、ワタシ、本当の娘じゃないんだよ。どこの誰が産んだのか分からないのに、それでもいいの?」


「いいに決まっておろう。ワシは魔王じゃぞ。ワシがいいと言っておれば、逆らえる奴なんてそうそうおらん」


 その父親の言葉に娘は涙を浮かべながら頷いていた。

 そして二人は抱きしめ合った。


 戦いに負けたからだろうか、マーガレットは素直だった。

 あれほど硬かった意志が簡単に解けていった。そもそも心が通じ合っていた二人だからなのだろう。少しの言葉と抱擁だけで解決してしまった。


「さて、マーガレット、レベッカ殿。後に残った問題を片付けに行こうかの」


「パパ。後に残った問題って……何?」


「狐ババァ……ミリアのことだの」


 忘れていたが、ジナーフの分体が魔王七護番の一人『変調のミリア』と戦っているのだった。レベッカ達は、二人が戦っている魔王城へとゆっくりと歩いていった。


◆ ◆ ◆


 レベッカ達が城に着くと、もう既に決着がついているようだった。


 ジナーフのもう一人の分体が、何で出来ているのか分からない真っ白な物質で囲まれた空間に『変調のミリア』を捕えていた。


「ミリア、おまんのしたことは分かっておる。ワシを殺すために、マーガレットを捕らえて、勇者に人質として引き渡したな?」


「は?」


 先ほど、マーガレットが言っていたことに新たな事実が追加された。

 彼女はそれを知らなかったのだろう、殺気が空間を迸っていた。もう今すぐにでも、ぶっ殺してやりたいという強い殺気が肌を刺す。


「待つのだ、マーガレット。こいつの言い分も聞かなくては……の?」


「ケッ。それは勿論、アタシが新しい魔王になるためだよ。それ以外に何があるって言うんだい? 今回だって娘の協力に応じたのも、アタシが魔王になるためさね」


 ミリアは捕らえられながらも、魔王を睨みつけることだけは止めていなかった。 


「まあ、向上心があることは否定せんが、ワシの娘を利用した点だけは許せんの。だから……おまんはその真っ白な空間で百年の幽閉だ。じゃあの」


「……甘んじて受け入れるよ。じゃあね、魔王」


 真っ白い空間が閉じて、その中にいたミリアと共にどこかへと消えてしまった。


 途轍もなくあっさり、二人の関係にヒビを入れた元凶が消えていった。

 マーガレットは会話に入る隙もなかったが、父親の判断だからか、不満そうな表情を見せることはなかった。


 ジナーフは一仕事終えたと言わんばかりのようで伸びをした。

 そしてレベッカに向き合った。


「レベッカ殿。ワシの亡き後、娘を預かって欲しい」


「わ、わたしに……? な、なんで、ですか?」


「うむ。そもそもマーガレットが人間だからだの。気づいておらなかったか?」


「「……は!?」」


 レベッカとリアムの間抜けな声が、魔王城を木霊していた。



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