3-15 不死者を殺す

 レベッカは気づいてしまった。

 還命剣を使えば死ぬことが不可能になってしまった人を、死なせることができるということに。


 そして、その気づきをジナーフは肯定した。


「然り。その魔剣を使えば、誰であろうとも殺せる。永遠とこの世に縛られるポメニ村の人々も、契約を破棄してしまったワシも」


 ここまでの準備をしてレベッカを一度殺したジナーフが言うのだ。十分に信じるには足りるだろう。


 その力が手に入ったことを喜ぶべきなのか、レベッカの胸中は揺れていた。

 ただ一つ確かなのは、村人たちの『殺してくれ』という望みを完全な形で叶えることができるということだ。


 この剣を使えば、レベッカの贖罪が一つの終わりを告げる。


 だが、レベッカには気になっていることがあった。


(こ、この剣を抜く条件が、一度死ぬことだと言うのなら、どうして一度死んだはずの、ジナーフさんは、これを使って、じ、自害しなかったのですか?)


 問われた魔王は、ぎこちない笑みを浮かべていた。

 確かに自分でも、品のない質問をしたという自覚はあった。けど、彼が一体何を目指しているのか、レベッカには予想がつかなかったのだ。


「うーむ。単純に言えば娘のため、だの。それよりも――」


 何を当たり前なことを、みたいな表情をされた。

 しかし、やはり、ジナーフがどういう意図を持って動いているのかレベッカにはよく分からなかった。


「――今から、貴殿を蘇生する」


(そ、蘇生って……?)


 危うく頭から抜けかけていたが、レベッカは現在死んでしまっている。

 不死者であってもその魂を死者の国へと還す剣、還命剣を貰ったとて、そもそも生者の世界へと戻れなければ意味はない。


「ワシの持つ特殊な力の一つだ。ある特定の条件下、ワシが魂を握っている人物に限り、一度だけその命をそのまま蘇らせることができる」


(そ、そのままってことは……)


「そうだ。生きた状態という意味だの」


 特殊な力のオンパレード。これが魔王なのか。

 だが他の力とは違って死霊術師的な観点から、この力には納得がいった。

 死霊術は死者の国から死人を蘇らせる際に、絶対的なアンデットとしてのデメリットが付属してしまう。年齢が変化しない、どんな傷でもすぐに治るなどだ。


 しかし、魂が死者の国にないなら、このデメリットを一切無視できるというわけだろう。だから真の意味で完璧な蘇生が可能になる。


「蘇ったら、まずはワシの兵士たちをあの世へと還してやってくれ。ということで、この世へと蘇生させるぞ、3、2、1」


◆ ◆ ◆


 やっぱりノリが軽いなあと、思っていたら、目が覚めた。

 

 自分の血の匂いが辺りに充満していて気持ちが悪い。

 だけど、匂いを感じ取れるということは、きちんと蘇れたという証拠だろう。


 風魔法で自分を突き刺していた剣を壊して立ち上がる。

 どうしても体内に金属片が残ってしまっているようだから、内側から魔力を噴出させて、金属片を吹き飛ばす。


「なっ、なんでレベッカが生きてるの……!」


 少々派手に魔力を熾してしまったので、マーガレットに気づかれてしまった。

 

 レベッカは自身が死霊術で契約している飛行型の魔物を全てマーガレットに向かわさせる。もちろん時間稼ぎのためだ。


 そして、もう一人レベッカが蘇ったことに気づいた人物がいた。


「レベッカ! お、オレ、レベッカが死んじゃったと思って……! そういう意味の分からない死霊術を使うなら先に言っといてくれよ……」


 リアムが泣きながら走り寄って来た。

 彼は既に死んでいる身。レベッカが本当に死んでいることは分かったはずだ。


 大きな心配をかけてしまった……。


「ご、ごめんね。リアム君。ちょっと、油断、してた」


「お、お前なあ!」


「こ、今度、埋め合わせするから、許して。そ、それよりも、今は、マーガレットの相手を、して欲しい」


 その言葉にリアムは明らかに不機嫌そうにしながらも、頷いてくれた。


「絶対に勝つからな」


「う、うん」


 リアムはレベッカが呼び出した魔獣に乗って、マーガレットへと向かって行った。


 一方で、レベッカのすることは決まっていた。

 とにかく一人でも多くの魔王軍兵士を死者の国へと還すのだ。


 ジナーフがやっていたように虚空に手をかざし、還命剣を現出させる。

 魔力を込めて刀身を優しい橙色へと光らせる。


 目の前にいる相手から一人一人斬っていく。

 その度にレベッカには声が聞こえていた。


『ああ、やっと死ねる』『殺してくれてありがとう』『小娘の言いなりにならなくて済む』『生き返ったんだったら、家族に会いたかったな。それでも、命令されて家族を襲うようなことにならなくてよかったけど』『やっと眠れる』


 そんな死霊術で蘇った様々な兵士たちを斬っていくが、埒が明かない。

 魔王軍の兵士は何万といるのだ。


「レベッカ殿。そのやり方では時間がかかりすぎますぞ」


 懐に入っていた小さなジナーフが話しかけてきた。


「わ、分かってますけど……こ、こうやるしか、方法は……」


 いくら魔剣とは言え、剣でしかない。

 魔法とは違って範囲攻撃ができるものではないのだ。


「ふむ。でしたら、力をお貸ししよう」


 小さなジナーフがレベッカの体内の魔力をいじる。

 その結果として、今まで使ったことのない魔法が発動した。


「と、刀身が、魔力を帯びて、伸びた……?」


 刀身自体は伸びていないが、魔力が刃を作り、実質的な刃渡りを伸ばしている。


「それを振るってみい」


 魔力の刃で帯びた還命剣を振るう。

 伸びた刀身に重みを感じることなく、殺傷範囲にいた魔王軍兵士たちが皆、死者の国へと還っていく。


 これだったら――!


「さて、やり方を覚えたところで、次はレベッカ殿自身が手加減なく魔力を込めてやってみるとよい」


 レベッカは、最大限魔力を込めて、刀身を伸ばした。

 一般的な魔法使いの二十倍はある魔力を存分に得た魔力の刃はどんどんと大きくなり、とうとうレベッカの視界から外れるくらいに大きくなった。


「リアム君や、他の魔獣たちはみんな伏せてて!」


 死霊術の契約の繋がりから、リアムや魔獣たちが剣の軌道から逸れたことを確認して剣を振るった。

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