弟分ネコは兄貴分の青年に壁ドンされたい!〜キャットクライミング〜
豆腐数
愛する弟分ネコのために登れ。
のどかな山村の昼下がりの事です。平和なはずの村ではドン! ドン!と何かを叩く音が響き渡っていました。
ドン!
「ビリー、おまえジェイクとはどういう関係なんだよ」
「別にアイツはただの友達で……」
「じゃあオレもただの友達だってのかよ?」
ドン!
「追い詰めたわよ。今日こそ返事を聞かせてもらおうかしら」
「お、お姉様……」
ドゴォ!
「ヘェーイ! 数ヶ月の修行を経て愛するキミの元へ帰って来たヨー!」
「ヒョロい優男だったマイクがこんな筋肉ムキムキゴリマッチョになって帰って来るなんて……♡」
ドン!
「ばあさんや、ランチタイムを一緒にどうかね」
「あらやだ、さっき一緒に食べたでしょ」
「ばあさんのような美しい女となら何度食べても美味いじゃろ?(キリッ)」
ドン!
「ワンワン!」
「ぶ、ブヒー……」
ドン! ドドドン! ドン! チュドーン! 老若男女、バラ百合ヘテロ人間以外、各種取り揃えた二人組達が一方を壁に追い詰めて片手で壁を叩いています。
「ニャー……」
「ものすごくうるさいのだ! アオイ、大丈夫か 」
「ちょっとビビるッス、尻尾がブワーッてなるッス」
弟分のアオイのネコミミを手で伏せてやりながら、長い銀髪の青年──アルジェンが叫びました。普通のネコはもちろん、人と外見はほとんど同じですが、耳としっぽがネコであるネコミミ族も耳が良いので、過度の騒音は避けたいところです。
彼らは気ままな旅人です。ドンドンうっさい中、今日の宿を探していると、親切そうな村人の男が話しかけてきました。
「うちの村では最近壁ドンが流行ってるんだ。色恋沙汰の方の意味で」
「何故そんな流行が起きたのだ」
「この前来た旅の劇団がやってるの見て、カップルみんながやりだして。なんせ娯楽の少ない田舎だから大はしゃぎさ。あーヤダヤダ……」
親切と愚痴が半分くらいの男は、兄弟が経営しているという宿屋の場所を教えてくれた後、農作業に戻って行きました。
さっそく青年の教えてもらった宿の部屋を取ったが、ここに来る前に昼は済ませたし、休むのにもまだ早いです。村を見て回ったり足りないものを買い足したりとやる事は思いつくけれど、このカオスな風景だと落ち着かなそうです。
音にも慣れたのでしょうか、アオイはしっぽをパタパタ首をキョロキョロ耳をピクピク、ヘンテコな村を観光ネコです。
「ボクもあにきに壁ドンされたいッス!」
「フフフ、アオイはしょうがないなー、オレ達もやるかー」
バカップル全開で郷に入っては郷に従う二人組なのでした。言い出しっぺのアオイが壁際までネコのスピードで走って行き、さあ壁ドンとアルジェンが身構えましたところで問題に気づきました。
「ニャー身長差!」
壁ドンは、大体同じくらいの体格でないと通用しないコンテンツです。成人済の兄貴分とちびっ子子猫ちゃんだと顔がめっちゃ遠いし壁を叩いた腕の下が隙間だらけです。おにショタカップルの悩みどころです。
「コレではニャン法すり抜けの術が出来てしまうッス。ボクはネコ魔法使いッスけど」
両手でニンニン簡単な印を組み、アオイはアルジェンの腕の下を通り抜けてしまいました。その辺のヒマなネコがニャーニャー後に続きます。ネコの大名行列みたいです。
「フフ、可愛い弟分ネコに壁ドンはちょっと早かったのだ?」
「ニャー、残念ッス……」
慰めるための頭なでなでも、向こうが少し屈まないと難しいです。子ネコちゃんの悩みどころです。そんな二人の足元で、村のネコ達が相談に集まりました。
『壁ドンしたいカップルが出来ないニャンてもったいない!』
『アレはいいものよ……二足歩行するみたいに立った彼氏がいつもと違って見えて……キャッ♡ト。なんちて』
『ようは高さがありゃあいいんだろ? 種としては分かれたが元は同じネコ同士、夢を叶えてやろうじゃニャーか!』
相談が済むと、ネコ達はミャアミャア鳴いて仲間を呼びました。まずその場にいた三毛猫達が積み重なってアオイを持ち上げ、駆けつけたトラネコ、黒ネコ、白ネコ、サバトラネコがそれに加わりました。
更に砂漠の方からスナネコが駆けつけ、遠い森の方からモフモフの大柄なフォレストキャットがやって来ました。その他ヒゲみたいなブチ模様が鼻にあるネコとか、世界地図みたいな模様をしたネコとか様々な種類、模様のネコが積み重なっていき、トドメにメインクーンの群れがネコ達を持ち上げるように下から積み重なっていくと、もう壁ドンに身長が足りないなどと言わせないくらい、アオイは高身長になっていました。
もっとも今度は、兄貴分のアルジェンが見上げても弟分の姿が見えないくらいの身長差になってしまったのですが。
「ニャー、どうしてこんな事に!! 前も降りられなくなった事あったけど今日のは寝耳に水、ネコミミに水ッス!」
『ちょっと高く積み上げ過ぎちまったなあ。でも立派なもんだ』
大工さんちに飼われているネコがにゃあにゃあ、仲間達の総合芸術を称賛しましたが、アルジェンあにきは総合芸術どころではありません。
「大変なのだー!! アオイ、今すぐ助けに行くからなー!!」
アルジェンあにきはキャットウォーク(材料・生身のネコ)に手をかけて登って行きました。やわっこいネコ達を踏みつけていくのは彼も躊躇がありましたが、通りすがりのネコ魔法使い達が魔法でネコ達を防御カッチカチにしたので大丈夫です。
彼はチャラい見た目に反しトレジャーハンターなので、ロッククライミングもといキャットクライミングも問題ありませんでした。しかし前に降りられなくなっていたアオイを助けた時登った木より高いキャットタワーにはちょっと背筋が寒くなりました。けれども、この倍以上も怖い想いをしている弟分を思えば、脚踏み外したら死ぬ程度の高さなんてへっちゃらです。
大騒ぎをしているうちに美しい夕日が差して来て、アルジェンあにきの汗に濡れた美しい銀髪をきらめかせました。
「くそぉ、腹がへって来たのだ!」
本当なら今頃、宿の食堂で夕飯に何を頼もうか、アオイの好きな魚はあるかなどとキャッキャウフフと言い合っていたはずです。本当になんでこんな事に。
「うぉおおおお! ファイトー! いっぱーつ!! なのだー!!」
彼は職業柄古代文字を読めるので、その知識もちょっと死語ってます。そんなふうにして己を励ましながら登って行き、とうとうキャットタワー(生身)の頂上までやって来ました。
「あにき!」
「アオイ! 数時間ぶりだな!!」
登っているうちに、お空の夕日は山の後ろに沈もうとしていました。ちょっとした登山旅行です。「休んでいきな」という感じに鳴くてっぺんのネコに甘えて、アルジェンあにきはキャットタワー(生身)のてっぺんに腰掛けました。
「怖くなかったか?」
「あにきが来てくれるって思ったから怖くなかったッス! ……自力で降りるのは無理だったッスけど」
「いや、ジッとしてて正解なのだ」
キャットクライミングに火照ったアルジェンあにきの身体を、高所の風が冷やして行きます。のどかな村の家並みと夕日と夕闇の混ざりあったスミレ色の空とが、美しい山村の風景を描いています。
「ちょっと怖いッスけど、眺めは最高ッスね!」
「そうだな」
「もうお日さまも沈んじゃうッス! 明日はあにきとどんな素敵な風景が見られるのかな……」
アオイの真っ青な髪が、夕刻の中にひとかけらだけ残った昼の空のようです。揃えたような空色の大きな目が、アルジェンを見て微笑みに緩みました。見つめ合う二人の心が満たされてパチンと弾ける錯覚を同時に覚えると共に、キャットタワー(生身)も限界を迎えて崩壊しました。
「絶対に離れるんじゃないぞアオイー!!」
「はいッスー!!」
ひしと抱きしめ合うネコと兄貴分の元に、しなやかな動きのメインクーンが飛び上がってやって来て鳴きました。
『ニャー!!(オレの前脚と後脚をつかめー!!)』
「前脚と後脚につかまれって言ってるみたいッスあにき!!」
「よーし!!」
アルジェンあにきが腰の辺りに弟分ネコをぶら下げてメインクーンの言う通りにすると、大きく柔軟性に富んだネコの身体がペラーンと伸びて落下速度を和らげていきました。ネコは液体、ネコパラシュートです!
「おおー!!あの兄さんとネコちゃん、無事に降りてきたぞ!!」
「良かったなー!!」
高所から落っこちて無事に生還した二人を、下から見守っていた村人達が温かい拍手で出迎えました。
次の日。村では壁ドンに変わって「高所で告白すれば成就する」とか「高所でデートしたら一生仲良しでいられる」とか、高いところでイチャつくのが大流行していました。キャットタワー(生身)からだいぶ尾ひれがついていますが、自主的にならともかく、嫌がるネコを積むわけにもいかないので仕方がないですね。
「ようはカップルが盛り上がれれば何でもいいんだよ。娯楽のない村だからね」
とは村の流行と宿屋の場所を教えてくれた村人のボヤキです。
そして、流行を作るキッカケになったネコの弟分はというと……。
「体格差のせいで壁ドンが出来ないなら、それを利用して普通に抑えつけてもらったらボクは見事にあにきの袋のネズミになれるッス!ネズミじゃなくてネコッスけど」
「それじゃあ普通にオレがクズなのだ!?」
「ボク、あにきなら別に……♡」
体格差にもめげず、兄貴分とイチャイチャするのを諦めていませんでしたとさ。
弟分ネコは兄貴分の青年に壁ドンされたい!〜キャットクライミング〜 豆腐数 @karaagetori
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