地下の錬金術師と訪問者

谷橋 ウナギ

地下の錬金術師と訪問者



 マイホームには大きな夢がある。自由と安心感が、そこにある。

 しかし物件選びを誤れば悪夢に変わることもあるだろう。それ故内見が必要なのだ。家の問題点を探すために。


 床も天上も四方の壁すら、石で建造された地下の部屋。中央には壺。吊られた薬草。それと、五つも並び立つ本棚。明かりは酸素を消費しないよう、魔法で光る特殊な水晶だ。


 そこが彼の一戸建てマイホーム。錬金術師ニーランの地下室。正確には地下の部分だけだが。勝手に無断で住み着いているが。


 ニーランは錬金術師であって、所謂研究者の極地だった。マスクとゴーグルとボサボサの髪。外見からも一目瞭然だ。

 そんな彼はこの地下を発見し、自室として使っていたのだが──


「はーさてさて。どうしたものかな?」


 そのニーランは今、悩んでいた。

 この家の上部分を買うと言う、偏屈な者が現れたからだ。この家の上階は空き家であり、売りに出ていたと言うわけである。


 メルト王国の法律によれば、土地を買えば上物も付いてくる。当然、ニーランの居る地下室も。そこにある家具や研究成果も。


『ニーランバカ! ニーランバカ!』


 ついでに彼のペットの鳥さんも。リッキー。ペット兼、被検体。

 ベリラントオナガチョウは白色で、尻尾が長く、そして賢明だ。人の言葉も覚えて会話する。研究の役にまでは立たないが。


「とにかく、策を練って出迎えるか」


 ニーランは鳥のリッキーを撫でて、悪者然とした笑みを浮かべた。



 内見の日。晴天。正午頃。ニーランの地下室が有る家は、辺鄙へんぴな森の中に建っていた。地上部分は極々真っ当な可愛らしい木造住居である。

 もちろんその地下には怪しげな、研究室が今もあるわけだが。


 何も知らずに大家はやって来た。メイド服を纏う少女を連れて。


「どうですか? 良い物件でしょう?」

「はい。とっても気に入りました」


 髭の生えた大家のおじさんに──微笑む少女。彼女が買い手だ。

 残念なことにニーランは、まだ対処に成功していない。それどころか彼女が何者か? そんな事すら判明していない。


「くっくっく。来たな。侵略者め」


 だがニーランは地下で笑っていた。

 彼女が何者かは知らないが、策は既に張り巡らされている。


「食らえ! 人よけ超震動石!」


 まずはその一歩目としてニーランは、地下室に置かれたボタンを押した。

 すると上階の壁の中に在る、漆黒の水晶が震動する。


「説明しよう! 人よけ超震動石とは! 虫除けスプレーの如く人間の嫌がる波動を出す石である!」

「ニーランバカ! ニーランバカ!」


 鳥にすら馬鹿にされてしまったが、この石の効き目に問題は無い。

 事実、おじさんの方の顔色がみるみるうちに青くなっていく。


「うっぷ。急に気分が悪く……。済みませんが私は外に居ます」

「大丈夫ですか?」

「ええ! お構いなく!」


 こうして大家のおじさんは、口を押さえ家から立ち去った。

 しかし肝心の購入者──メイド服の少女は健在だ。


「ぬう。ちょこざいな。ならば第二弾!」


 当然ニーランは次の手を打つ。


「名付けてポルターガイスト作戦!」


 ニーランが第二のボタンを押すと、上階各部で異変が起こった。

 振るえるタンス。めくれるカーペット。棚から飛び出すお皿の数々。


「はっはっはっは。恐ろしかろう? さっさとママの元に返るが良い!」


 ニーランは勝ちを確信していた。

 このガチムチもちびる仕掛けには、多額の資金がつぎ込まれている。


 だがしかし──


「地震でしょうか? 危ないですね」


 少女はタンスの震動を止めて、皿の全てをキャッチ。回収した。

 作戦第二弾失敗である。


「ニーランバカ! ニーランバカ!」

「ぐぬぬ。一体どうなっている?」


 これは明らかに不自然だ。そこでニーランは筒をのぞき込む。

 この筒は上階に接続され、その様子を観察できるのだ。その上音も聞ける優れもの。


「あー! 目が! 耳があああああ!」


 それでニーランはのたうち回った。

 何が起こったのか不明であるが、謎の光と音が襲ったのだ。


 少女を家から追い出すどころかニーランが攻撃を受けている。

 いや、その意図があるかは謎だが。


「え? 水?」


 更に追い打ち。天井から水が流れ出てきた。

 皿洗いか風呂かはわからない。そして理解する必要すら無い。


 何故なら水の勢い凄まじく、地下室が満たされはじめたからだ。


「もしかして溺れ死ぬ?」

「ニーランバカ!」


 気が付くとニーランはもう既に、天井のすれすれに浮かんでいた。

 頭に乗せたリッキーもろともに、このままでは藻屑となるだろう。


 そこで最終手段。ニーランは、上階へ繋がる扉に向かう。

 扉は地下室の天井にある。クローゼットに直通の扉だ。この際他のことはどうでも良い。まず命を優先しなくては。


「あれ!? 開かない!? ちょ、マジでたんま!」


 だが扉は何故か開かなかった。


「誰かー! 誰かいませんかー! ヘルプミー! ヘルプミー! ヘルプミー!」


 必死な叫びがほぼ空気の無い地下室の上部分に木霊した。



 内見の翌日。地上部分。つまり地下室の真上にある部屋。

 ニーランはなんと生きていた。仏頂面で仁王立ちしていた。


 そのニーランの前に二人組の女性が悠然と、歩み寄る。

 一人は内見に来たメイド服。ニーランを水攻めにした少女だ。

 しかし問題はもう一人。本を抱えた眼鏡ドレス女。ニーランと彼女は知り合いだった。それもいやーな感じの知り合いだ。


「久しぶりね。一年ぶりかしら?」

「ミレス“教授”殿。就任オメデト」

「人徳よ」

「黙れ陰湿眼鏡。外面がちょっと良いだけだろうが」


 ニーランは眼鏡の女性ミレスと早速言い争いを開始した。

 彼女とニーランとは同窓生。共に錬金術を学んだ身だ。


「外面は大事よ。貴方にもね。これから私の下僕なんだから」


 ミレスはふふんと笑って見せた。

 何を隠そう家を買ったのは、このミレス教授ご本人である。


「家を買ったのはこの私。地下の物も全て私の物よ」

「やはり知ってて家に来やがったな!?」

「当然のことを聞かないでくれる?」


 家に来たメイドは彼女の僕。水攻めも全てはミレスの指示だ。

 しかし法を無視したのはニーラン。ミレスに対抗する手段は無い。


「貴方の選択肢は二つだけよ。私の下で真面目に働くか、騎士団の方に連行されるか」

「ぐぬぬぬぬ。おのれ陰湿眼鏡……」

「ミレス教授よ。それでどうするの? 早く決めないと通報するから」


 勝利の微笑みを浮かべるミレス。

 ニーランは血涙を流しながら、彼女に敬礼するしか無かった。


「うごご。ミレス教授。わかりました。今日から下僕として頑張ります」

「安心して。給料は支払うわ。パン屋のバイトくらいで良いかしら?」

「アビラゴネミズノドレマクワーー!」


 ニーランは敗者の奇声を上げた。

 そして身に染みて理解した。物件選びは──大切であると。

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