地下の錬金術師と訪問者
谷橋 ウナギ
地下の錬金術師と訪問者
1
マイホームには大きな夢がある。自由と安心感が、そこにある。
しかし物件選びを誤れば悪夢に変わることもあるだろう。それ故内見が必要なのだ。家の問題点を探すために。
床も天上も四方の壁すら、石で建造された地下の部屋。中央には壺。吊られた薬草。それと、五つも並び立つ本棚。明かりは酸素を消費しないよう、魔法で光る特殊な水晶だ。
そこが彼の一戸建てマイホーム。錬金術師ニーランの地下室。正確には地下の部分だけだが。勝手に無断で住み着いているが。
ニーランは錬金術師であって、所謂研究者の極地だった。マスクとゴーグルとボサボサの髪。外見からも一目瞭然だ。
そんな彼はこの地下を発見し、自室として使っていたのだが──
「はーさてさて。どうしたものかな?」
そのニーランは今、悩んでいた。
この家の上部分を買うと言う、偏屈な者が現れたからだ。この家の上階は空き家であり、売りに出ていたと言うわけである。
メルト王国の法律によれば、土地を買えば上物も付いてくる。当然、ニーランの居る地下室も。そこにある家具や研究成果も。
『ニーランバカ! ニーランバカ!』
ついでに彼のペットの鳥さんも。リッキー。ペット兼、被検体。
ベリラントオナガチョウは白色で、尻尾が長く、そして賢明だ。人の言葉も覚えて会話する。研究の役にまでは立たないが。
「とにかく、策を練って出迎えるか」
ニーランは鳥のリッキーを撫でて、悪者然とした笑みを浮かべた。
2
内見の日。晴天。正午頃。ニーランの地下室が有る家は、
もちろんその地下には怪しげな、研究室が今もあるわけだが。
何も知らずに大家はやって来た。メイド服を纏う少女を連れて。
「どうですか? 良い物件でしょう?」
「はい。とっても気に入りました」
髭の生えた大家のおじさんに──微笑む少女。彼女が買い手だ。
残念なことにニーランは、まだ対処に成功していない。それどころか彼女が何者か? そんな事すら判明していない。
「くっくっく。来たな。侵略者め」
だがニーランは地下で笑っていた。
彼女が何者かは知らないが、策は既に張り巡らされている。
「食らえ! 人よけ超震動石!」
まずはその一歩目としてニーランは、地下室に置かれたボタンを押した。
すると上階の壁の中に在る、漆黒の水晶が震動する。
「説明しよう! 人よけ超震動石とは! 虫除けスプレーの如く人間の嫌がる波動を出す石である!」
「ニーランバカ! ニーランバカ!」
鳥にすら馬鹿にされてしまったが、この石の効き目に問題は無い。
事実、おじさんの方の顔色がみるみるうちに青くなっていく。
「うっぷ。急に気分が悪く……。済みませんが私は外に居ます」
「大丈夫ですか?」
「ええ! お構いなく!」
こうして大家のおじさんは、口を押さえ家から立ち去った。
しかし肝心の購入者──メイド服の少女は健在だ。
「ぬう。ちょこざいな。ならば第二弾!」
当然ニーランは次の手を打つ。
「名付けてポルターガイスト作戦!」
ニーランが第二のボタンを押すと、上階各部で異変が起こった。
振るえるタンス。めくれるカーペット。棚から飛び出すお皿の数々。
「はっはっはっは。恐ろしかろう? さっさとママの元に返るが良い!」
ニーランは勝ちを確信していた。
このガチムチもちびる仕掛けには、多額の資金がつぎ込まれている。
だがしかし──
「地震でしょうか? 危ないですね」
少女はタンスの震動を止めて、皿の全てをキャッチ。回収した。
作戦第二弾失敗である。
「ニーランバカ! ニーランバカ!」
「ぐぬぬ。一体どうなっている?」
これは明らかに不自然だ。そこでニーランは筒をのぞき込む。
この筒は上階に接続され、その様子を観察できるのだ。その上音も聞ける優れもの。
「あー! 目が! 耳があああああ!」
それでニーランはのたうち回った。
何が起こったのか不明であるが、謎の光と音が襲ったのだ。
少女を家から追い出すどころかニーランが攻撃を受けている。
いや、その意図があるかは謎だが。
「え? 水?」
更に追い打ち。天井から水が流れ出てきた。
皿洗いか風呂かはわからない。そして理解する必要すら無い。
何故なら水の勢い凄まじく、地下室が満たされはじめたからだ。
「もしかして溺れ死ぬ?」
「ニーランバカ!」
気が付くとニーランはもう既に、天井のすれすれに浮かんでいた。
頭に乗せたリッキーもろともに、このままでは藻屑となるだろう。
そこで最終手段。ニーランは、上階へ繋がる扉に向かう。
扉は地下室の天井にある。クローゼットに直通の扉だ。この際他のことはどうでも良い。まず命を優先しなくては。
「あれ!? 開かない!? ちょ、マジでたんま!」
だが扉は何故か開かなかった。
「誰かー! 誰かいませんかー! ヘルプミー! ヘルプミー! ヘルプミー!」
必死な叫びがほぼ空気の無い地下室の上部分に木霊した。
3
内見の翌日。地上部分。つまり地下室の真上にある部屋。
ニーランはなんと生きていた。仏頂面で仁王立ちしていた。
そのニーランの前に二人組の女性が悠然と、歩み寄る。
一人は内見に来たメイド服。ニーランを水攻めにした少女だ。
しかし問題はもう一人。本を抱えた眼鏡ドレス女。ニーランと彼女は知り合いだった。それもいやーな感じの知り合いだ。
「久しぶりね。一年ぶりかしら?」
「ミレス“教授”殿。就任オメデト」
「人徳よ」
「黙れ陰湿眼鏡。外面がちょっと良いだけだろうが」
ニーランは眼鏡の女性ミレスと早速言い争いを開始した。
彼女とニーランとは同窓生。共に錬金術を学んだ身だ。
「外面は大事よ。貴方にもね。これから私の下僕なんだから」
ミレスはふふんと笑って見せた。
何を隠そう家を買ったのは、このミレス教授ご本人である。
「家を買ったのはこの私。地下の物も全て私の物よ」
「やはり知ってて家に来やがったな!?」
「当然のことを聞かないでくれる?」
家に来たメイドは彼女の僕。水攻めも全てはミレスの指示だ。
しかし法を無視したのはニーラン。ミレスに対抗する手段は無い。
「貴方の選択肢は二つだけよ。私の下で真面目に働くか、騎士団の方に連行されるか」
「ぐぬぬぬぬ。おのれ陰湿眼鏡……」
「ミレス教授よ。それでどうするの? 早く決めないと通報するから」
勝利の微笑みを浮かべるミレス。
ニーランは血涙を流しながら、彼女に敬礼するしか無かった。
「うごご。ミレス教授。わかりました。今日から下僕として頑張ります」
「安心して。給料は支払うわ。パン屋のバイトくらいで良いかしら?」
「アビラゴネミズノドレマクワーー!」
ニーランは敗者の奇声を上げた。
そして身に染みて理解した。物件選びは──大切であると。
地下の錬金術師と訪問者 谷橋 ウナギ @FuusenKurage
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