「異世界ゲートウェイ」事件

せりもも

「異世界ゲートウェイ」事件:1話完結です



 母の法事からの帰りのことでございます。新幹線を下りた私は、いつもと違って人が少ないことに気がつきました。照明は明るく、心なしか空気も清浄に感じられます。

 その日は出発間際の新幹線に飛び乗ったので、普段より後方の車両に乗っていました。下車した場所も後ろ寄りになったわけだから、きっと、いつもと違う改札に出たのでしょう。なにしろ東京駅は大きな駅ですからね!


 この通路のトイレはさぞやきれいだろうと思ったのですが、何分、大きな荷物を担いでおり、残念ながらトイレに寄ることはできませなんだ。

 荷物というのは、生前の母が着ていたジャケットなどアウター数着を貰ってきたからです。いやもう無理、到底着れそうにないわ~って感じのまで、着れば供養になるからと押し付けられ、さらにこの後、使用感なさげな下着類を段ボール箱にぎゅう詰めにして、送って貰う手はずになっております。


 で、大荷物を担いだ私は、磨かれたようにぴかぴかな通路を歩いて山手線内回り電車に乗ったわけですが、なんか、空いてる? 楽に座れた上に、いつもなら大きな帰省カバンを力いっぱい抱きしめても隣の人の膝に当たってしまい(私はチビなので網棚に背が届かないのです)、舌打ちされたりひどい時は蹴り上げられたりするわけですが、この時はゆったりと座れて、早くも形見を貰った功徳が表れたのかとありがたい気持ちになったものです。


 山手線に乗った後、しばらくは放心状態だったのですが、隣駅到着のアナウンスに我に返りました。ナントカ門前通りゲートウェイと聞こえたのです。あれ? 東京の次は、いつもなら神田なのに。往路も東京駅の手前は確か神田だった(と思う)のに……。

 つか、そんな駅、山手線にあったっけ? 増上寺の門前かしら。


 何かを間違えたのは確かなので、とりあえず電車を降りました。ホームはがらがらで、休日とはいえ、到底神田の雰囲気ではありません。

 下車した電車は、風のように走り去っていきました。先頭車両から宙に浮いて空に昇っていくような気がしましたが、疲れ目と花粉症の涙による錯覚でしょう。


 とにかく東京駅へ戻ればいいのよね? 最初からやり直せばいいんだわ。 


 長いホームをてくてく歩いて、やっと路線図を探し当て、愕然としました。「東京」へ行く電車は、私が乗ってきた電車だったのです。つまり、あのまま乗っていれば「東京」に着くと路線図はいってます。

 ……? 「東京」から来たのに、そのまま乗り続けていたら、なぜ「東京」へ着くの? 東京駅へには、逆方向の電車に乗るべきでは?


 わけがわからなくなりました。辺りはすでに暗くなっています。さっきトイレに行けなかったのがじんわりきてるし、ためらっている余裕はありません。ここは自分を信じ、来た方向へ戻るべきでしょう。


 けれど、反対ホーム(乗ってきた電車の進行方向とは逆の方向へ戻る電車のホーム)の路線案内を見て、ぎょっとしました。次の次の駅が「大崎」駅だったからです。「大崎」は、私の禁足地でございまして、ここへ足を踏み入れると、人身事故は起きるわ、電気系統は故障するわ、大風でどこぞの木が倒れて線路を塞ぐわで、電車が止まりまくりなのです。極め付きは東日本大震災で、あの時は大崎から歩いて帰ったものです。


 日曜の夕刻、ここで電車が止まったら、それは間違いなく私のせいです。明日に備え、皆さん、早く帰りたいでしょう。人さまにご迷惑をお掛けしてはいけません。

 それに、もし万が一、ですよ? 今この瞬間、線路に飛び込もうとしているお方がおられたら? ……己の犯すであろう罪の大きさに、私は震え上がりました。

 いかん。トイレに行きたいからって、人さまを犠牲にしたら。大崎に行ってはならぬのです。


 で、自分が下りた同じホームに来た電車に乗りました。さっき下りた電車の一本後のやつです。

 山手線はぐるっと一周してるわけだから、いつかは目的地に着くに違いない。トイレが心配だけど、新幹線の中で水分を控えていたから、まだ大丈夫。

 相変わらず電車はガラ空きです。大きなカバンを隣の席に置き、腹を括りました。


 ところが、馴染みのない駅を次々と通過するばかりで、いつまで経っても東京駅に着きません。東京駅はどこ? さっきは1駅しか乗らなかったのに!


 軽くパニックになりました。そして気づいたのです。

 「門前通りゲートウェイ」の「ゲート」とは、天上の門なのでは? そういえば、さっき下りた電車が走り去る時、なんだか宙に浮いていくように見えたけど、あれは幻視ではなく、事実だったのかも。つまり私が乗ってきた電車は、「銀河鉄道999」のように空に昇っていった……。


 貰って来た形見の中には、生前の母が葬儀に参列する際、喪服の上から羽織っていたというコートも混じっていました。黒く重たいコートには、母だけでなく、先に亡くなった親族達の想いがずっしり籠っている気がします。


 きっと私は、異世界に召喚されるのでしょう。今に神が現れ、こう告げるはずです。

 ……「手違いでお前を召喚してしまった」

 手違いですからね。私にはチートスキルが与えられるはずです。それを使って、違う世界で成り上がってやる!

 でも私は、異世界転生モノは苦手なんだよ。うわぁ~ん。


 そうこうしているうちに、東京駅に着きました。5つ目の駅でした。その次は神田で、後は、全くいつも通り。

 わけがわかりません。

 いや、正直、ほっとしました。やっと現世へ帰れたわ。


 下車駅では軽く迷子になりましたが、この程度の迷子は通常なので、何ら不思議はありません。


 事故のせいとかで各駅停車しか走っていない私鉄に乗り換えて無事、家にたどり着いた私は、靴を脱ぐ間ももどかしくトイレに駆け込み、こちらもなんとか、ことなきを得たのでした。



 それにしても、東京駅の謎が解けません。「ゲートウェイ」って、どこの門前通りなの? ひとつ前の駅だったはずの東京駅がなぜ、5つも先の駅になってしまったの?

 母の形見の喪のコートを背負ったまま、私はどこへ行っていたのでしょう。もしかして、宅急便にしてもらわずにパンツも持ち帰っていたら、それが護符となって、事態はまた違ったものになっていたのかも。その場合は、確実に異世界へ転生できたのか、逆なのか。



 謎が解けたのは、それから少ししてからのことでした。

「新幹線を下りたのは、東京駅ではなく、品川駅だったのでは?」


 改めて山手線の路線図を見れば、品川駅の内回り隣駅は、高輪駅とあります。そのまま乗ってれば東京駅に到着します。

 つまり私は、品川駅で下車したにも関わらず、自分は終点の東京駅で下車したと思い込み、背後を轟音を立てて走り去る新幹線に全く気付かず、駅のコンコースを渡っていった……。

 そういえば、新幹線の品川駅って、わりと新しい駅でしたよね。山手線の高輪ゲートウェイ駅もできたばっかだし?(言い訳に必死)




 数日前に更新した黒歴史でございます。パニックになって異世界転生と思い込むなど、我ながら中2病感満載ですが、さすがに私も、自分が10代だと主張するほど厚かましくありません。

 まずい。これから終生、年齢は晒せそうにありません。








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