Epilogue&Prologue
あれからいったいどれだけの年月が流れただろうか。
アロンダイトはダービーの後もG1レースを総なめにして、ランス騎乗後は無敗のまま現役を引退し、今はここシャーウッドの地で種牡竜という第二の竜生を悠々自適に過ごしている。
さすがに一〇冠竜の実績は竜産家たちには極めて魅力的だったらしく、初年度から種付けの申し込みが殺到した。
その仔たちの中から三頭のG1竜も出、中でもクラウ・ソナスはランスとのコンビで連戦連勝、父の獲れなかった四歳牡竜三冠の悲願を果たし、父親といったいどちらが強いのかとファンの間では激論が交わされるほどの名竜だった。
アロンダイトは二年度も三年度もG1竜を輩出し、今や種牡竜としての評価を不動のものとしている。
クラウ・ソナスもまた初年度からG1竜を出し、アロンダイトの父系は一時の衰亡の危機が嘘だったかのように隆盛を極めていた。
そう、それだけの時が過ぎていた。
それでもシャーロットはあのダービーの激戦を鮮明に目蓋の裏に思い起こすことができる。
彼女にとってまさしくあの激動の一年こそが、青春そのものだったのだから。
「ただいま。シャルー、今帰ったぞー」
玄関のほうから、聞き慣れた声がした。
シャーロットはガタッと椅子を倒して、慌てて迎えに行く。
そこには月日を重ね、渋みの増した愛する男が、トレードマークともいうべき不敵な笑みを浮かべている。
その姿を目にするだけで、シャーロットは胸が暖かくなるのを感じ、嬉しくなる。
自分がまだ彼に恋していると実感できるから。
「おかえりなさいませ、ランス様、どちらにいかれていたのですか?」
「ん、まあ、ちょっとな」
「……はいはい。本当にしようのない人ですね、ランス様は」
言葉を濁すランスに、シャーロットはすべてわかっているというふうに頷き、嘆息する。
自分はこれほど一途に彼だけを愛しているというのに、どうやら彼は余所の女のところに行っていたらしい。
シャーロットが知るかぎりでも、その数は両手に余る。
シャーロットも女である。
自分だけを見て欲しいと思わないでもない。
だが、縛りつけようとすればたちまち、この自由気ままな男は自分の元から飛び立っていくことだろう。
まったく祖母の言うとおりだった。なんて女泣かせなひどい男だろう!
一方で、竜産に関わる者としては、不世出の竜騎士である彼の血は後世により多く受け継がれるべきとも思う。
そして、彼が「ただいま」と言ってくれる女が自分だけだということも知っている。
「っ痛!」
「これぐらいはしても罰は当たりませんよね?」
ランスの太ももをつねりつつ、シャーロットはニッコリと微笑む。
「たまんねえなぁ」
ランスは肩をすくめて苦笑を返す。
確かに浮気をこの程度で済ませてくれる妻を持つ自分は、世の男性たちからさぞ垂涎の的だと心底思ったのだ。
まったく嫉妬もしない冷え切った関係は、つまらない。
かと言って嫉妬の炎を燃やし感情的になられたり束縛されたりするのも願い下げだ。
まったくもって、彼女のそばは居心地が良い。
「父さんっ!」
甲高い声とともに、勢いよくランスの足に突進してくるものがあった。
視線を下に向けると、燃えるような赤髪の少年がランスの足にしがみついている。
「よう、久しぶりだな」
「父さん。竜に乗せて!」
「こらっ! 帰ってきたそばからもう……」
両手を腰に当て、シャーロットが頬を膨らませる。
以前と変わらず、いや以前よりその美貌には磨きさえかかっているが、こういうところはちゃんと母親をしている。
それが微笑ましく、なんとも心地良い。
やはりこここそが、自分のネグラだと確信する。
「いいさ」
ヒラヒラと手を降ってシャーロットを制し、ランスは我が子を抱き上げる。高く掲げて、その目を見つめて問う。
「なあ、竜は好きか?」
「うん、大好き! 俺、大きくなったら絶対父さんみたいな竜騎士になるんだ!」
「俺みたいな? ほほう? なかなか言うじゃないか」
すでに何百というレースをこなしているが、彼は未だ不敗を続けていた。
ドラゴンレーシングにも慣れ、その腕にはさらなる磨きがかかり、もはや一分の隙もない。
それは彼を満足させる敵がいなくなったということでもある。
自分の全てを出し尽くせる好敵手の存在に、彼は今、心から飢えていた。
「そいつはたまんねえなぁ。よぉし、なら強くなれ。そして俺を超えてみろ!」
血は連綿と新たな世代へと受け継がれていく。
最強の血統が紡ぐドラマが、また再び幕を開ける。
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というわけで、魔王殺しの竜騎士、ここに完結となります。
面白いと思ってくださった方は、作者他にも作品を投稿していますので、そちらにもお目を通していただければ幸いです。
また、HJ文庫様にして、新刊「孤高の王と陽だまりの花嫁が最幸の夫婦になるまで」と言う作品も上梓しておりますので、
もしよろしければギフト・スパチャ感覚でご購入いただけると作者、泣いて喜びます。
最後に読了、ありがとうございました!!
【完結】魔王殺しの竜騎士 鷹山誠一/小鳥遊真 @delfin
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