ホラーハウス

こむぎこちゃん

第1話

「どうぞ、お入りください」

 俺が家に足を踏み入れると、ひんやりとした空気を感じた。

 廊下の突き当たりには、ぼんやりと髪の長い女の姿が見える。

 少し歩くと、触れてもいないドアが勝手に開いた。

 これが、ホラーハウスか……。

 俺は平静を装いながらも、胸の高鳴りを感じていた。


 俺は、幽霊や妖怪など、人ならざるものが「視える」。

 そいつらは、いたずらをしたり人間を不幸にしたり、とさまざまなやっかいごとを引き起こすから嫌いだ。

 その一方で、おばけ屋敷は好きだ。

 ゾクゾクするあの感覚が、たまらない。

 幽霊が出ても、こちらに害を与えるようなことはしないからな。

 そんな俺が不動産屋で見つけたのが、このホラーハウスだ。

 二階建ての一軒家で、月々15万円。

 東京郊外にしては、安すぎる物件だ。

 ただ、この家賃で家を借りるには、一つ条件がつけられていた。

 近所のこどもたちのために、月に1度、1階部分を開放してやることだ。

 そう。この家、ホラーハウスとは言っても、本物の幽霊が出るとか事故物件とかいうわけではない。

 前の住人……というかもともとの家の持ち主が、子どもたちが楽しめるようにとおばけ屋敷のような改造をしたそうだ。

 足下に漂う冷気や、どこかから聞こえてくる謎の物音。

 糸に引っかかると天井からこんにゃくが垂れ下がってくるからくりなど古典的なものから、幽霊の3Dホログラムといった最新技術を使ったものまで、さまざまな仕掛けが施されていた。

 すごいな、これ全部一人で作ったのか……。

 俺は、感嘆のため息をついた。

「では、2階を見に行きましょうか」

 担当者に促され、俺は彼女とともに階段を上がる。

 ……と、そこで違和感。

 2階はプライベートスペースで、仕掛けはないと聞いていたのだが……。

「あの……。この人のことって、見えてますか?」

 俺はずっと後を付いてくる一人の幽霊(?)を指さし、恐る恐る担当者に尋ねる。

「はい、メガネのおじいさんですよね?」

 その答えを聞いて、安心する。

 俺はどんな人か、特徴は言っていないからな。

 ちゃんと見えてる、つまり3Dってことだ。

 ほっと胸をなで下ろしていると、

「ただ」

 彼女はそう前置きすると、営業スマイルを浮かべたまま付け加えた。

「私も『視える』人間ですので、本物かもしれませんが」

「……」


 1年後。

「お邪魔しまーす!」

 今日は1ヶ月に1度の開放日。

 子供たちが我が家の門を開け、元気よく入ってくる声がする。

 俺は2階のリビングでくつろぎながら、子供たちのはしゃぎ声を聞いていた。

 初めは戸惑ったものの、最近はこんな暮らしも悪くないと思っている。

「あなたの作った新しい仕掛け、とても面白いですねぇ。年寄りの頭では、思いつかないですよ」

「いやあ、それほどでも」

 俺の前に座るメガネの老人に言われ、俺は謙遜しながらも少し誇らしい気持ちになる。

 幽霊でも、いい奴と悪い奴がいるってのは本当だったらしい。

 同居人――いや、同居「霊」との暮らしも、意外と悪くないもんだ。

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ホラーハウス こむぎこちゃん @flower79

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