バニラ

ハヤシダノリカズ

バニラ

「バーニラッ、バニラバーニラ求人!バーニラバニラ高収入♪」

「おい」

「バーニラッ、バニラバーニラ求人!バーニラバニラでアルバイトー♪」

「オイって!」

「なに?」

「いきなり何うとてんねん」

「この歌、耳に残るね。つい、うとてまう」

「いや、それは分かるけど。鼻歌に選んだらアカン歌ランキング上位の歌やで。やめときて」

「なんで?なにがアカンの?」

「それは、アレや。特徴的すぎるのと……、ほんで子供に『バニラってなに?』って聞かれたら答えにくいやろ?」

「あー。そう言えば、こないだ街を歩いてたらあのバニラトラックが走っとってさ。それを見てた小っちゃい女の子がつられて『バーニラッ、バニラバーニラ』って歌い出して、横にいたお母さんが『やめなさい!』って怒ってたわ」

「せやろ?アレはキャッチーなメロディやけど、子供に歌わせたらアカン歌やねん」

「なんでなん?ええ歌やん」

「ええ歌か?ま、それは個人個人の感性やから、オマエにとってはええ歌なんかも知れへんけど」

「ほんで、バニラアイスって美味しいやん。美味いもんを歌って何がアカンの?」

「えぇ?オマエ、アレをバニラアイスの歌やおもてんの?」

「え、ちゃうん?」

「ちゃうで」

「ほな、なんなん?」

「オマエ、歌とったやないけ、求人とか高収入とかアルバイトて!」

「え、せやったっけ?」

「オマエ、この歌、知らん言語の歌みたいに意味やなくて音で覚えてたって事?」

「ええメロディやなーって歌ってた」

「バニラはアイスや思て、他の歌詞は音として捉えてたん?」

「まぁ、そうやな」

「感性が子供と一緒やないか。ま、それは美しいけども」

「ありがとう」

「いや、そんな褒めてへんで。そこは気ぃつけて」

「あー、でも、さっき言うた小さい女の子はお母さんに『バニラエッセンスって甘いにおいで美味しそうだけど、実際に舐めると苦いでしょ? あの車はそれをお歌にして歌ってるの。甘そうで美味しそうだけど、実際は苦いってものが一杯あるって事を覚えておいてね、るびぃちゃん』って言われとったわ」

「おー!ええこと言うやんけ、そのお母さん。子供には源氏名みたいな名前を付けてしもとるけど」

「るびぃちゃんは中々やな」

「っていうか、バニラエッセンスって苦いん?」

「苦いで。むかーし、あのいいにおいに釣られて舐めた事あるから、それは間違いないで」

「試したことあるんか。ほんで、苦いんやー。ほんで、そうか。あのバーニラッ、バニラって歌は甘そうで苦いという示唆やったんやな。楽に稼げるという甘い誘い文句は苦い実態を隠しとんねんな。なんかの真理を表してるような哲学的な歌やったんやー」

「せやで。バニラトラックは哲学的存在やねん。なにせ、あのトラックが後ろに積んどる大きい箱は中身空っぽやしな。広告のための面積を稼ぐ空虚な箱やねん。空虚を積んで甘くて苦いナニカをアピールし続ける存在、それがバニラトラックやねん」

「おい」

「なんや?」

「なんや、オマエ、バニラトラックに一家言持っとるやないか。最初は『バニラってなに?』『バニラのあの歌いいよね』って無垢な子供みたいな事言うとったくせに」

「あっ」

「『あっ』ってなんやねん。『あっ』って」

「実はオレ、あのトラックの運転のバイトしてたことあんねん」

「マジで?」

「楽で高収入やと思ってバニラに問い合わせたら、延々繁華街を運転させられたわ。しんどかったし安かった」

「オマエ、男やのにバニラの求人に応募したんけ?」

「せやねん。オレも男の人に可愛がられる仕事したかってん」

「え、そうなん?それは、狭き門やで」

「狭き門?」

「需要が少ない業界と、競争が激しい業界は狭き門やねん。オマエのその望みはどっちも満たしとる。超難関や」

「せやったんかー。世知辛いね」

「世知辛いな」


――終――

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