天穹の最前線ーフロントラインー
山茶始
1.始発点
────翔びたいか? あの空に。
『4番イルミナ選手、凄い勢いだ! 眼前の強豪を薙ぎ倒し、先頭に飛び込んだ!!』
────魅せられた、遥かな蒼に。
『後続を引き離すッ! 止まらない! 上がる上がる高度を上がる! 天上はすぐ目の前!!』
────ただ、誰も見えない最前線に。
*
『晴れ渡る青空、数多の人の想いを背負い、集まった精鋭が高く飛び立ちます。第1回カーマンライン賞典』
『今年から新たに作られたフロート・ダービーの最高峰! 厳しい戦いを繰り広げてきた戦乙女たち、その誰が初代王者に輝くのか。見ものです』
フロート・ダービー。
脚部に装着した浮遊機構を使い、超高度のタワー周囲を螺旋状に登って競うレース。
上昇機械、空中での姿勢制御装置、ブーストシステム。それらが発達した近代に新たにできたスポーツであり、世界公認の賭博でもある。選手たちは塔の最下からスタートし、浮遊、カーブ、加速を繰り返し最上を目指す。
今や大人気競技となったそれは、専門の学園さえできるほど。
『さぁスタートしました。オッズ一位の7番クルミ選手快調な滑り出し。それにつづく二位9番エキドナ選手早くもブーストが勢いよく点きました』
『このレースのために機体を一新してきたと語ってくれました。その覚悟は届くのでしょうか』
特にうら若き乙女たちが絶戦を繰り広げるフェアリーテイル・ラインは人気のリーグで、ギャンブル二の次に好きな選手の応援にチケットを買う人も多い。フロート・ダービーの人気の半分はこのフェアリーテイル・ラインが担っているとも言われている。
そんなリーグの年齢層は15〜19。それ以上は上のシンフォニー・ラインに上がることになる。
約4年間の戦いは、若くしてプロの競技選手として歩む彼女たちにとって地球一周より長く、幼子の一歩より短い。
しかしその栄光は、月よりも遠い。
『全タワー最長10000mを快調に登っていくクルミ選手。最前を譲らない戦法が彼女の得意ですが、今回の旅は長いぞ!』
『スタミナもですが、機体の排熱タイミングも重要になってきます。彼女のスポンサーは【A.K.C】、加速に富んだモデルです』
彼女たちにはスポンサー企業がつく。主にフロート・ダービーのための機体を開発している企業で、担当スポンサーの造った機体を駆るのだ。
一流の選手になれば一流の企業がつく。そして一流の機体を使い、レースに挑むことになる。
しかし、機体が良ければ勝てるほどこの世界は甘くない。
『っ! 抜かれました! 先頭に立ったのは3番キルトボタン選手だ! 速い! 高速で飛ばしていくー!』
『スポンサーは【カルトジェット】。"最高速"の異名は伊達じゃない』
『しかしすぐ後ろ、エキドナ選手もクルミ選手もまだスパートをかけていません。後続も射程圏内、勝負はまだわからない!!』
莫大な賞金が動くランクSレース。誰にも譲りたくないか細い勝利の糸を、慎重に、しかし強く引き寄せるために。少女たちは全てをかけてここに居る。
『────さぁレースも終盤、先頭は現在キルトボタン選手。最終チェックポイントを今通った! 勝負はここから動きだす!』
『見事な姿勢制御。ここから追いつく娘は出てくるのか』
『頂上が見えています、ゴールが近い! 後方っ! 外周から一気に浮上してきます! あの影は誰だ! イルミナ選手だ! 4番イルミナ選手、凄い勢いだ! 眼前の強豪を薙ぎ倒し、先頭に飛び込んだ!!』
「ああああああああっ!!!」
幾人もの選手候補の中、プロになれるのはほんの一握り。そこからランクAを勝てるのは更にひとつまみ。更にランクSを勝てるのは……途方もない大空に、一点浮かぶ太陽の様。
『後続を引き離すッ! 止まらない! 上がる上がる高度を上がる! 天上はすぐ目の前!!』
それでも、彼女たちは登り続ける。落ちることも、止まることもなく。ただ上を目指して、空を目指して。
────最高到達点に、飛び立つために。
『ゴォォ──ーッル!!! 大歓声です! 夢見た最前、最高の舞台、スポットライトは私にしか要らない! 4番イルミナ選手が撫で切って勝利! カーマンライン賞典、初代女王は彼女の手に──』
そのためには、命だって。
*
「本当に良かったのか、この世界に来て」
ラジオが流す喝采をノイズ混じりに聞きながら、彼は問うた。
グレーの髪をオールバックに撫で付けて、纏ったスーツは漆黒。傍に置いた杖にはカナリヤの彫刻。厳かなテノールは目の前の人間に、まるで重しのようにのしかかるほどの神妙さ。
薄暗い部屋で、今の時代には古いアナログとなった暖炉で、焚き火の灯りだけが二人を照らしている。
「…………そうしないと、私に価値は無い」
無感情なまま、その声はただ答えた。
かわいらしいソプラノが、しかし男と同じ重さを持ってこの場に落ちる。
まるでわかりきっていることを、ただ復習するように。その声は平坦で平静。彼女にとってなんでもない事だと言うことがよくわかる。
男は深くため息をつく。しかし目の前の少女から視線を逸らさない。
「……そうやって己を評するなと言ったはずだ」
そこには呆れと、少しの自虐のような感情が含まれていた。
しかし少女はそんな事知ったことがと表情を崩さず……また口を開く。
「訂正する。…………勝たないと、価値がない」
天穹の最前線ーフロントラインー 山茶始 @tokumki_KP
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