【KAC20242】ある一般男子大学生の同棲
千艸(ちぐさ)
間に入ってる僕が悪いんだけどさ
「ごめん! 待った?」
「いや、めちゃくちゃ待ったけど……どうしたんだ?」
「マジでごめん。課題すっぽかして教授に泣きつきに行ってた」
「えぇ……お前賢いんだからやれば一瞬だろうになんで……」
「例のバッファローゲーが面白くてさぁ……ごめんって!」
僕は彼女との待ち合わせに一時間遅刻してしまい、綺麗なローキックを避けながら平謝りを繰り返した。
こいつ、結構手や足が出るのが早い。
よく付き合ってるよな。
いや、相手が僕なせいかもしれねえけど。
「なあ、本気で家探す気あんの?」
「は? あるけど。」
ついいつもの口調で返答すると、ジロリと睨まれた。
「……ごめ、今のナシ」
慌てて合掌。パチン!といい音がする。
命名、謝り慣れ過ぎている男のポーズ。
「この時期はもう新生活に向けて物件めちゃめちゃ減る時期なんだから、三軒くらいハシゴするのは覚悟しとけよ」
「頼りになるね……」
「リノの生活能力が無さすぎんだよ……」
「えー、そうかなぁ?」
「私別に引っ越しのプロとかじゃねーからな。単に大学生になる時に苦労したの覚えてるだけ。リノは……」
「元々ワンルームに住んでたからね、自分で物件探したことないし」
「甘やかされてんなぁ」
「僕のせいじゃないでしょ」
軽口を叩きながらも、彼女はだいたいいつも笑顔だ。真っ赤なポニーテール、最初見た時はすごい色だなと思ったけど、今じゃ他に考えられないくらいよく似合ってる。
可愛いな、と思う。
死んでも言わない。
だって、それを言って良いのは、僕じゃないから。
一軒目の不動産屋で、希望よりも駅から遠いけど他はマッチするところがあったのは、どうやらラッキーなことらしい。
「まさか今日内見出来ると思ってませんでした!」
「こういうのは早い方が良いでしょ、お互い」
歩いて物件を見に行く。彼女はお兄さんとおじさんの中間くらいの営業さんと愛想よく会話している。
「でもね、正直今合格や新生活のシーズンですから。悩んで保留、なんかにしちゃってると、先越されちゃいますよ」
「ほらな」
「……何だよ」
ドヤ顔されるとちょっとムカつくな。
僕はフンと鼻を鳴らした。
案内されたのは1DK。家賃は予算内、バイクを停める場所もある、駅から徒歩で二十分、僕の春からのキャンパスにはバイクで十分、彼女の大学にはバイクで五分。
大学生のうちはここが理想的かもしれない。
ただ、写真で見るより部屋は狭かった。
ここに、こいつが寝て。
あそこに、あいつが寝て。
ん、やっぱ僕の寝るとこまでは無さそう、かも。
「どうですか、犬飼さん。」
「ちょっと狭いかもしんないですね」
「え、そうか? 私ら二人でこの部屋なら十分だろ」
「だからさあ。」
僕は彼女の腕を引っ張り、営業さんに隠れて内緒話。
ややこしい奴らだと思われたくないからね。
「お前と、あいつと、二人で精一杯だろ。
僕の居場所が、ない」
こいつと付き合ってるのは、今は昏睡状態の、別の男。
僕の幼馴染。
僕の一番大切な人。
僕の体を奪ってった奴。
いや、奪ったのは、僕の方か。
あいつが回復したら、三人で住めたらいいなと思ってるのは、多分僕だけだ。
こいつはあいつを諦めながらも、あいつを助けたいという僕の夢を応援してくれようとしている。
嫌だ、僕はお前のことも、あいつのことも大好きなんだ。
お前みたいに諦めのいい人間じゃねーの。
もし諦めないといけないとしたら、
あいつを回復させることじゃなくて、
回復したあと、僕がこの二人のそばに居続けることだ。
「リノ、お前……」
「……んだよ」
「お前は別にクリスと一緒に寝ればいいじゃん」
「ッハァ!?」
野郎二人で!?
彼女の前で!?
「何が駄目なんだ?」
「何が起こるか分かんないから駄目」
「私は今更気にしねーぞ」
「僕が気にするの!」
嫌だ!好きな子の前で好きな奴に抱かれるのはキツい!
「それに、何年かかるか分かんないだろ」
「……それは、言うなよ」
僕のテンパってた頭は冷水をぶっかけられたみたいに急にさめた。
現実として、今あいつはどうにもならない。
僕が早く医者にならないと。
きっと僕以外には治せない、予感がする。
「……やっぱ、ここにします」
「そうですか! ええ、それがいいかもしれませんね、……」
営業の人はハウスクリーニングにかかる日程とか、引っ越しのタイミングとか、町内会費の話とかを続けていた。
僕はそれを生返事で聞き流しながら、心の中であいつに誓う。
今はお前の代わりにこいつを大切にするから。
絶対に、起こしてやるから。
だから僕のこと、許してほしい。
【KAC20242】ある一般男子大学生の同棲 千艸(ちぐさ) @e_chigusa
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