異世界アラクネ村
夏伐
アラクネ見学ツアー
「内見みたいなもんですよ。部屋探しする時はリモートでも何でも内見はするでしょ?」
女性の言葉に俺は納得できなかった。
「部屋探しだったらもっと候補が出るはずだろ!? なんだよ、転生先の亜人の内骨格と外骨格って!!」
まるで本当に不動産屋のように、カウンターの上にカタログが乗っていた。
俺と女性――腰から一対の翼が生えたOLはにらみ合った。
バン!と机をたたいてやりたいところだが、あいにく俺には手がなかった。
はっと気づくと扉の前にいて、扉が開くとこの不動産屋風転生カウンターに座らされていた。
座っている感覚もあるのだが、情けないことに今までの記憶や体の実体などはないようだ。
「知りません? 内骨格っていうのはいわゆる脊椎動物の骨格みたいに体の内部に骨格が形成されるもの。外骨格はカニとか昆虫みたいに体の表面を覆っている殻みたいなもの、です」
「え? で、何が違うの?」
「そういうと思いまして! 生まれ変わる候補地に内見にいきましょうか!」
俺は受付嬢の背中を追いながら、カタログを思い出していた。見開きに成長予想として描かれていた似顔絵。
――二つの世界、似た顔の二人の『アラクネ』の姿を。
「まずは転生先のおすすめ、外骨格アラクネちゃんが生まれる予定の村です」
そう言われふわりと現れた扉をくぐる。
村人はのそり、のそりと動いている。そして、どしんどしんという一歩が『重い』。
そして蜘蛛の頭に人間の上半身がついているような姿は変わらない。
「なんか、もっとシャカシャカしてるのかと思ってたんだけど……」
「やはり成人アラクネサイズになると殻も大きくなってあまり俊敏には動けないらしいんです」
足には巨大蜘蛛のようにカラフルな産毛のようなものが生えている。
「蜘蛛糸も吐き出せますし、一人一人が戦車みたいなイメージですね」
天使がすたすたと一人の蜘蛛の後ろを追いかけて行く。俺もそれにならい、地下へ続く穴へ進む。
肉体がないからか、イメージするだけで移動ができる。便利だな。
「それでは! こちらが住宅です!」
数人のアラクネが広い穴の中で『蜘蛛部分』で挨拶をかわしている。
「ただの巣穴みたいだけど」
「良いところに目をつけましたね! そう、この世界のアラクネは、虫部分が本体なんです!!」
「人間部分は何のためにあるの?」
「獲物を油断させるため、というか奧の見れます?」
「上半身、クマだね……」
「重い動物をくっつけてしまうと、あのように身動きがとれずこの洞穴ハウスの中でミミズを食べて一生を終えてしまうこともあるんです……」
天使の「くっつける」という言葉に俺は違和感があった。
カタログをさらりと開いた天使は、俺に外骨格アラクネのプロフィールの一か所を指で示した。
頭部の突出器官から「死体を寄生させる」という一文だ。
「は?」
「生まれたばかりは蜘蛛と一緒なんですが、蜘蛛の頭部分に死体に神経糸を挿入できる器官がついているんです。ほら子供アラクネ!」
近くを通る小さなアラクネには、小動物の半身がくっついている。
「人間の上半身だけなのってもしかして……」
「糸を挿入して操作、さらに死体を安定させるために上半身と下半身真っ二つにしているようです」
「えええっえっぐ!?」
言われて見れば、人間部分は表情もあまり変わらないし、動きもカクカクしている。中には器用な個体がいるのか、本当に人間なんじゃないかと見まごうものもいる。
だが、ゾンビの群れで一人だけ表情豊かな人間の異様さは俺には受け入れられそうになかった。
「彼女も元は転生者なんですよ。だからかアラクネの中で一番器用に死体を動かせているみたいです」
「へ、へぇ……」
「容姿にコンプレックスがあったというお話があり、こちらの世界を選ばれました。ここでのアラクネは、好みの顔があったら余程じゃない限り手に入りますからね……、とっかえひっかえの末に今や立派な懸賞首です」
誇らしそうに天使が言った。
聞けば聞くほど、えぐ異世界に引いていく自分がいる。虫がやばいというか、アラクネがこうなら他の『亜人』とされるモンスターは一体どうなっているのか……。
「亜人なんですか?」
「この世界の魔物史では、まだ亜人です」
「もう一個の候補もみたいなぁ、と思うんですけど……」
「おお、前向きですねぇ!!」天使が腕を振ると、新たな扉が出現した。「二択ですからじっくり選びましょうね」
次の世界は、森の中。巨大な樹木の上の方に縄がかけられている。
天使と共に上に飛び上がると、地上より高い位置に巨大な集落が出来ていた。樹木を穿ったところからヤドリギに似たツタ植物を器用に編んで隙間なくドーム状の住宅がいくつもつくられていた。
「橋もある……」
樹木間を簡易的ではあるがしっかりとした橋がかけられている。
「ちょうど子育てしてる家が近くにありますね。もしこちらの世界を選ばれましたら幼馴染になるはずです」
近くの住宅に入ると、亜人・魔物だと思っていたのに中には大きさや形は少し違うものの机やベッドがあり、ベビーベッドがあった。
ベッドの上では肌触りの良さそうな生地の布でアラクネの赤ん坊がすやすやと眠っていた。
「この布は特産なんですよ」
「布を生産してるのか!?」
「そりゃアラクネは糸吐きますから。あの橋もアラクネの『糸』で出来てるんですよ」
「で、内骨格アラクネの蜘蛛部分と人部分はどうなってるんだ?」
外骨格アラクネが死体寄生なら、こっちは生きた体を癒着させて寄生させるとかでもあるからな、このえぐ異世界がよぉ。
「見てください。この赤ちゃん」
仰向けで眠っている赤ん坊にかけられていた毛布を、天使はさらりとめくった。
蜘蛛部分の裏側は、人間部分の肌と同じ色をしていた。というか、腹からつながる蜘蛛部分にも人間部分と同じような乳首があった。
関節も昆虫特有のものではなく、筋肉で支えられている。
先に見ていた洞窟アラクネたちと違い、こちらは本当に『亜人』のようだ。
「アラクネ産の布はかなり貴重なんですよね」
天使はうっとりと毛布を見る。
「あらあら」その時、ぬっと天使と俺の背後から長い手が伸びた。「風邪を引きますよ~」
この家の家主が赤ん坊の毛布をふわりと掛け直した。
気配すら感じさせない巨大な存在が俺の後ろにいた。
「大丈夫ですよー、私たちの姿は見えないんで」
天使の三倍はあるだろう体躯の女がくるんと毛布で赤ん坊をつつみ、胸に抱き寄せる。子守歌を歌い始めた。
「死んだばっかりですし、しんみりしちゃいますか? 一旦カウンターまで戻りましょう」
俺がアラクネ文化に圧倒されているのが、死んだことへのショックだと思ったらしい。
天使は、ふわりと腕を振るとまどこからか光り輝く扉が出現した。
改めて、不動産屋のようなカウンターに戻りカタログを前にして俺は思った。
「内骨格アラクネがいいです!」
「――えっ?」
「記憶はないんですが、ツリーハウスにトキメキました……!」
天使は戸惑いながらも、いくつかの書類を用意してくれた。
説明を聞いて署名する。あまりにも賃貸契約と似た工程でげんなりするが、どうせ二択なのだし、転生先では今の記憶は持ち越せないらしい。
天使に案内されて、あの世界への扉を前にする。転生ライフとは言わないが、幼馴染もいるし、いいんじゃないだろうかアラクネライフ!
「じゃあ、一応……ありがとうございました……」
俺が礼をいいつつ、扉の中に入ると、天使はペコリと一礼した。
「ご納得いただける転生先が見つかって、本当に良かったです!」勝手に閉じて行く扉をなごりおしくみていると、天使が颯爽と俺に背を向けていた。
「それにしても住宅の内見みたいなものとはいいましたが、本当に住宅を決め手にする人もいるんですねぇ」
パタパタとカウンターの方に向かって走って行く。
せめて俺がいなくなってから言えやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!
「おぎゃあああああああああああああ」
俺の天使への叫びは産声になった。
叫ぶうちにどうして泣いているのか分からなくなってくる。
さらさらとした気持ちの良い布が体を包んで、優しい誰かの手が俺を抱きかかえる。
「おめでとうございます!かわいい女の子です……」
☆おまけ☆
!天使ちゃんメモ!
二種類のアラクネ娘をひっくり返すとどうなるかな?
https://kakuyomu.jp/users/brs83875an/news/16818093073280856031
異世界アラクネ村 夏伐 @brs83875an
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます