新婚さんはなぜかモテる

犀川 よう

新婚さんはなぜかモテる

 我々人間社会の平和を脅かす一番の脅威である魔王軍が襲来した。魔王軍は魔王を先頭として怒涛の勢いで国境の門を突破し、雪崩のように襲い掛かってくる。魔王の後ろには多くの兵士と魔獣がいて、姿を見るだけでも恐ろしい。普通の人間であれば、そんな恐ろしい集団に対して、逃げ惑うことしかできないだろう。

 そんな魔王軍に対して人間側にも対抗手段はあった。このような危機的な状況にあってもまだ希望は残っているのだ。それは、勇者たちの存在である。勇者たちは魔王に向かって一直線に走っている。盾役の厳つい戦士が、魔王を守ろうと立ちふさがる護衛たちをはじき飛ばし、賢者と魔法使いの女性コンビが後方で勇者を支援をしながら魔王軍の兵士たちを魔法によって抑えている。これらはすべて、勇者を魔王のもとへと向かわせるための考え抜かれた作戦行動である。

「テメェには絶対に渡さねぇ!」

 ついに魔王の前まで辿りついた勇者はそう雄叫びをあげて魔王に斬りかかった。魔法を使える魔王に対して間接攻撃は不利なのだろう。勇者は剣を振りながら幾度も魔王に身体をぶつけ、物理的制圧を試みる。魔王はそんな勇者の猛攻を受けながらも体勢を維持し、魔法で勇者を屠ろうと反撃の機会を待つ。

「貴様のような人間には勿体ない。すべてはこの魔王たる私が手に入れるべきなのだ!」

 幾度かの斬撃の末、ついに勇者との間合いを作った魔王は、手から青白い炎を出して勇者へと魔法を繰り出した。勇者はそれを間一髪で避けながらもさらに前へと踏み込み、魔王の胸倉を掴むことに成功する。

「魔王。何度も言わせるなよ。貴様には絶対に渡さないからな!」

「勇者よ。私相手によく戦ってはいるが、所詮はその程度。美しい女神はきっと私に味方をしているのだ」

 余裕の笑みを浮かべる魔王に、勇者はニヤリとしながら必殺技である――。


「はいはい。ストップ、ストップ。だから何度も言ってるでしょう? あたしには新婚の旦那がいるの。いくら勇者くんや魔王くんがあたしのことが好きだからって、そんな争い方をしたら、世間の皆様に迷惑でしょうが」

 あたしは大げさに手を叩きながら、二人の前に立つ。あたしが結婚をして以来、何故かあたしのことを好きになったこいつらは、いつも馬鹿みたいに騒ぎを起こしている。あたしは溜め息をついてから、勇者一行と魔王たちを見た。

「おまえら、これから反省会ね?」

 勇者くんと魔王くんは兜を脱いで「――ッス」と言うと、あたしに頭を下げた。


   ◇ 


 国境から一番近い賢者ちゃんのお家に行くと、全員で大きな長方形のテーブルを囲んで座る。お誕生日席にあたし。あたしから右側に魔王くんと女性秘書さん。左側に勇者くんと賢者ちゃん、魔法使いちゃん。戦士さんは農作業があるからと帰ってしまった。

「そもそも、お兄ちゃ――魔王さま直々のお申し出を断る貴女が悪いのでしょう?」

 あたしより三つ年上(二十七歳)にしてお兄ちゃんっ子である美人の秘書さんは、横細の黒縁眼鏡をクイっと持ち上げながら、さも当然なこととばかりに話を切り出す。

「何を言っているんだ! そもそもを言うなら、魔王なんて人間と結婚できるわけがないだろうが!」

 爽やか系男子なのだが残念な脳筋の勇者くんは、テーブルを叩いて反論する。反論するポイントを間違えているが、あたしはあえてツッコミを入れない。まだ高校生二年生である賢者ちゃんはというと、下を向きながら何やら手をモゾモゾと動かしている。恐らく大好きな同級生の魔法使いちゃんにちょっかいを出しているのだろう。イチャイチャするなら後にしてほしい。

「とにかく、あたしには公務員で役場の観光課に勤務するお堅い旦那さまがいるの。それも新婚四ヶ月。四ヶ月よ! あんたらアウトローとは違って、住宅手当は出るし、給料はそんなに高くはないけれども、老後は年金で暮らせるの。そんな旦那さんを差し置いて、あんたら二人を好きになるわけがないでしょう? わかるわよね?」


 全員、頷かない。


 金髪イケメンの魔王くんは髪をかきあげて美形アピールに余念がないし、美人だけれど残念な秘書さんはあたしに強い視線を向けながらも、「お兄ちゃん、夕飯どうする?」なんて言いながら魔王くんのマントを引っ張っている。勇者くんは「そんなの愛と勇気があれば乗り越えられる!」とかファンタジーを語っているし、魔法使いちゃんは賢者ちゃんのちょっかいに嫌がるそぶりを見せながらも満更でもない顔をしている。――首に巻いた薄手のスカーフが気になって弄っているけれど、それ、絶対にキスマークを隠しているだろ。新婚なのに仕事で忙しい旦那に構ってもらえないあたしに対するあてつけか?

 そんな光景にあたしが呆れていると、賢者ちゃんが(動作的におそらくテーブルの下で魔法使いちゃんの太ももをさわりながら)提案をしてきた。

「結婚をしているからダメなのであれば、結婚をしていない過去に戻って、お二人で告白をしてみてはどうでしょう?」

 どうでしょう、じゃねええぇよ。ドヤ顔をしている賢者ちゃんにあたしがツッコミを入れようとすると、「アンタ、いいこと言うじゃない」なんて上から目線で賢者ちゃんを褒める魔法使いちゃん。おい、めっちゃウザいな。

「なるほど。それも一案ではないでしょうか」

 何故か秘書さんもあたしをチラチラ見ながら賛成する。一体、あなたに何のメリットがあるのよ?

 各々が勝手な意見を出し合った後、あたし以外の全員が賛成をして過去に行ってみようという話になった。


 話は勝手に進み、どの時代に戻るかを検討することになった。賢者ちゃんは問う。

「で、あなたに恋人がいない時期って、いつ頃でしょうか?」

「うーん。あたし恋人がいなかったことがあんまりないんだよねぇ」

「それは要らない情報ですね」

「じゃあ、言わせないでよ。――あ、新卒時代にしばらくフリーだった時期がある」

「そうなんですね。ちなみに理由を聞いてもいいでしょうか?」

 賢者ちゃんの質問に、勇者くんと魔王くんも興味津々だ。

「あー。大学生時代からの彼氏と彼女がいたんだけど、卒業したら二股がバレちゃって。両方とも失っちゃったのよ」

「うっわ。あなた、思っていた以上にゲスいですね」

「それは私もドン引きですね」

 賢者ちゃんの素直すぎる感想に秘書さんも同調する。

「なんで新妻のあたしが、こんな仕打ちを受けなければならないのさ」

「まあまあ、あなたがアレなのはともかく、その時代に行けばお二人にはチャンスがあるということですよね?」

「アレとか言うな。まあ当時のあたしでも、コイツらを好きになる確率はさすがにゼロだろうけどね」

「では、時代はそこでOKということで」

 賢者ちゃんは魔法使いちゃんの手を握って一緒に立ち上がると、遅れてあたし以外の全員が立ち上がる。

「では、これからそこへタイムスリップします。皆さん、いいですね?」

(あたし以外)満場一致で賛成のようで、全員でこれからあたしの新卒時代へとタイムスリップすることになった。


   ◇ 


 建設会社で受付嬢をしていた新卒時代の自分がいるビルの前に到着した。あたしたちは魔法使いちゃんの魔法によって大きなシャボン玉のような透明な球体に入っている。まだこの時代には干渉せずに上から眺めているというわけだ。あたしは飛び出そうとする勇者のマントを押さえながら、賢者ちゃんに質問する。

「で、どうするの? まさか会社にマント姿のを乱入させてナンパでもさせるわけ?」

「まさか」

 賢者ちゃんはあたしを見てフッと笑う。いちいちムカつくなコイツ。

 賢者ちゃんの指示で魔法使いちゃんが何かを唱えると、勇者くんと魔王くんが背広姿になる。……そんな魔法があるんだね。

「ほら、これなら大丈夫でしょ?」

 魔法使いちゃんは得意げな顔をする。

「もはや勇者でも魔王でもないけどね。社会経験の無いサラリーマン二人ができ上がっただけじゃないの」

「あなたも新卒なのですから、お似合いではありませんか?」

 賢者ちゃんはちょっと黒いオーラを漏らしながら言うと、秘書さんも口を開く。

「まあ、とにかくこれで環境は揃いましたね。いいですかお二人とも?」

「ああ、もちろんだ!」

「フッ。(髪をかきあげてから)問題ない」

 空間が狭いとはいえ、秘書さんはあたしにもたれかかるように近づくと、「貴女もいいですか?」と問いかけてくる。

「わかったよ。おまえら! 悔いのないよう、行ってこい!」

 あたしは二人のなダメリーマンの背中を叩くと、元勇者と元魔王はネクタイをクイッとさせてから透明な球体から出ていった。

 二人の勇姿どころか勝敗の行方にすら興味がなさそうな賢者ちゃんと魔法使いちゃんはイチャつきはじめ、秘書さんは何故か「今度のお昼、パスタランチに行きませんか?」なんてあたしを誘ってくる中、あたしだけが事態を真剣に見守っている。――がんばれ新卒のあたし。未来を間違えるんじゃないぞ!


   ◇


 笑いすぎてお腹が痛い。

 勇者くんも魔王くんも挙動不審すぎて、受付どころか、エントランスで複数のセキュリティーにつまみ出されてしまった。世界の勇者のくせに、地獄の魔王のくせにだ。

 賢者ちゃんと秘書さんはさすがに痛ましく思ったのか、二人を慰めている。透明な球体へと戻ってきたダメリーマンたちは慰められたとはいえ、自尊心を大きく傷つけられたようで、二人して不貞寝をしてしまった。少しだけ可哀想ではあるが、これで国境紛争レベルの喧嘩がなくなるのであれば世界も平和になるだろう。結果オーライである。

 あたしはもう帰ってもいいだろうと思い、賢者ちゃんに提案をしようとすると、予想外のことが起きた。秘書さんがあたしを見て微笑んでから、ゆっくりと透明な球体から出ていったのだ。あたしは呆然としてしまい、秘書さんをそのまま見送ってしまった。

 秘書さんはその服装によって何の問題なくエントランスを通過し、受付に立って、どうやら新卒のあたしに声をかけているようだ。それを見て、あたしは新婚の幸せですっかり忘れていた自分の性癖について思い出した。――あたしは両方イケるクチで、美人な年上秘書さんは多分、「アリ」なのだ。

 未来を変えてはいけない。手堅い旦那と安定した暮らしを失うわけにはいかない。あたしも透明な球体から出ようとすると、賢者ちゃんに抱きつかれて阻止される。

「これは、パスタランチどころではなさそうですねえ」

 賢者ちゃんはニッコリと笑う。

 ビルの中がよく見えないので、魔法使いちゃんが今いる建物の外側から受付の近くまで、建物をすり抜けながらあたし達のいる透明な球体を移動させると、そこには顎クイされている新卒のあたしがいた。両手で口を隠して驚いている隣の同僚の存在なんて気にすることもなく、秘書さんは新卒のあたしを口説いているのだ。

 しばらくすると、新卒のあたしは秘書さんから何かを囁かれ、下を向いて何やら考えている。多分、フリーだったこの頃によく履いていた、グレーのボクサー型パンツであることに後悔しているだけで、をする気満々なんだと思う。――新卒のあたしよ。本当にそれでいいのか? 安定した未来を失うんだぞ!


 結果は出てしまう。全ては恋愛にだらしのないあたしが悪いのだろうか。新卒のあたしは同僚に何やら頼むと、秘書さんを受付奥にあるエレベーターへと案内をする。――ああ、そうだよねぇ。わかるよ、行き先。六階にある、普段は使うことのない会議室でしょう?

「……もしかして、すべてあんたが仕組んだの? それとも、秘書さんに頼まれたの? そんなにあたしの人生を弄んで楽しいわけ?」

 あたしは賢者ちゃんを見て矢継ぎ早にまくしたてると、賢者ちゃんは魔法使いちゃんを抱き寄せてから微笑む。

「さあどうでしょうか。どちらにせよ、安定した未来なんて面白くはないではありませんか。きっとこれは運命だったのですよ」

 あたしは秘書さんたちの方を見ると、彼女たちはエレベーターのドアは開いていた。新卒のあたしはこれから始まるであろう密やかな行為への興奮を隠せない表情をして、そっと秘書さんの背中に手を添えると、二人でエレベーターの中へと入っていくのであった。

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