第17話 森の中へ
まだ夜の明けない森は、命の息吹に満ちていた。
3人はジョージの魔術の披露の後、森を目指した。ジョージは道すがら地の精霊と語り合い、この世界での精霊の在り方を学んでいた。地球の、いやジョージの個人神殿では、というべきか。ジョージの領域とも言えるそこでは、精霊はジョージの眷属であり、知性は有れど魂は無い存在だった。
しかしこの世界ではいささか違うように感じる。彼らは自律的な存在であり、半ば魂を持っているかのように見えた。ジョージはそのことに興味を持ち、彼らと交流を深めていた。
「なぁエルピダ。あのゴシュジンサマは何やってんだ?」
「……多分精霊と語り合ってるのだと思う」
「え?精霊って本当に居るのか?おとぎ話だろあんなの」
「……いるわ」
「な、なぁ」
「ジョージ様が魔術を使う前に、何か詩のようなのを話してたでしょ。あれ、契約だと思う」
「……」
ディーンはエルピダの言葉に考え込んだ。確かにジョージは何かを言っていた。しかし、その内容はディーンには理解できなかった。
エルピダの目には、修行の際に見た貴重な地の精霊達のことを思い出した。精霊達は気難しく、人間とはなれ合わない。そう聞いていた。
でも、ジョージ様はまるで友人のようにお話ししてる。
エルピダとディーンが何となく黙り込んでしまっているうちに3人は森に入っていく。
木々の間を縫うように立ち昇る朝もやは、まるで大地の吐息のように、かすかに揺らめきながら上昇していく。ネメアの東の外れに位置するこの森は、昨日まで歩いた虚ろの杜とは明らかに異なる生気を湛えていた。苔むした樹皮からは湿り気を帯びた香りが漂い、足元の腐葉土は甘い匂いを発している。
頭上では早起きの小鳥がさえずりを始め、その歌声が静謐な空気をやわらかく震わせていた。徐々に白みはじめる空の下で、朝露に濡れた枝から滴が落ちる音が、不規則なリズムを刻んでいる。
ジョージはいつの間にか四色に塗り分けられたペンダント、地の魔術武器を握りしめていた。地の精霊達のどっしりとした存在感がジョージの心を落ち着ける。
この世界の魔力、いやもっと根源的なエーテルはとても濃く硬く強い。迂闊に深呼吸すればむせそうな程だ。未だ小鳥がついばむようにしか取り込んでいないが、ケテルのレーザーや地の精霊を介した魔術は問題なく、いやむしろ精神世界であった個人神殿よりも力強く思いに応えてくれる。
このまま全ての元素、全てのスフィアの魔術を開放すればどれほどのことが出来るのか。
しかし、昨日の追い剥ぎ達との戦闘は、その万能感でも抑えきれない爪痕を残した。ふいにあの時の記憶が蘇り、思わず胃の辺りに手が伸びる。
(また、吐くのかな……)
思わず苦笑が零れる。自分で望んで魔術を使いに来たくせに、とんだ小心者だ。この痛みは小説でよく読んだ「命を奪う重圧」なんて格好いいものじゃない。ただ単に、胃が痙攣するような生理的なストレス反応だ。
「ジョージ様、大丈夫ですか?」
エルピダが話しかける。もしディーンに精霊を見る素質が有ったのなら、ジョージの周りにエルピダと同じように心配してみせる地の精霊達が見えただろう。
「ああ、大丈夫だ。ありがとう」
「そいつ、お貴族様かなんかなんだろ?だからってあんま、甘やかさねぇ方がいいんじゃねーのか?」
「う、うるさいわね。ジョージ様はアンタと違って繊細なの」
ディーンはエルピダの言葉に苦笑しながら周囲を見渡した。
ディーンは精霊を見る素質が無いが、ジョージの周りには確かに何かがいるように感じた。それは、エルピダの言う地の精霊達なのか、それとも何か別の存在なのか。
見渡したのはもう一つ。魔物共の気配だ。ディーンは日頃メネアで活動している都市型のスカウトだ。街の作り、人が見逃す襲撃しやすい場所、街の向こうに隠れる敵の気配。そういうものを感じ取るのが得意だ。
だけど、この森ではそうではない。下草が音を立てるし、道路も建物も無い。ディーンからすればアウェイだ。
「なぁエルピダ、これ足跡だよな?」
落ち葉の間にある半ば乾いた土。そこに、何かの足跡が残されている。それは人間の裸足に似ているが、大きさが違う。それにこんな森に裸足でうろつき回る蛮族なぞ聞いたことが無い。
ディーンの問いに、エルピダが周りを確認し始めると、ディーンも同じように確認し始める。ジョージは2人の様子を興味深そうに見ている。
「ゴブリンの群れですね。ちょっと数は分かりませんが、十匹は居るかと思います」
エルピダに確認を促されたジョージが地面を覗き込むが、何も分からない。
踏み荒らされているのは分かる。足跡だと言われたら何か人型の足形だと思うが、それだけだ。人数も分からないし、どこに向かっているのかも分からない。
だが、ジョージには魔術がある。地の精霊達に尋ねれば、何か分かるかもしれない。
「……うん。ゴブリンだ。複数の群れがこの辺りに居る。それと人間も?」
「ジョージ様、人間ですか?」
「あぁ。詳しいことは分からないが数人」
エルピダはジョージの言葉に少し考え込む。人間達はゴブリンを追っているのか、それとも逆なのか。もしくは、何か別の理由でこの森に来ているのか。
「考えすぎてもしょうがねぇよ。今はゴブリン、だろ?」
ディーンが投げやりとも言える声で言う。何にせよ、戦うためにきたのだし。
「ちっ、お客さんだ」
「確かにね」
舌打ちと共にディーンが少し先の木々を指さす。そこにゴブリン達が姿を現わした。
エルピダの静かな声が、朝もやの中に吸い込まれていく。硬い声だ。戦う者の声。ジョージは地の魔術武器を手が白くなるほど強く握りしめる。
ディーンは二人の様子を観た。ジョージの様子は明らかに戦いに不慣れな者のそれだ。そして、エルピダの必死の様子は、二人の付き合いがそれほど長くないことを物語っている。少しほっとする。同時にエルピダと共に戦える喜びが、彼の胸を満たす。
森は嫌いだ。足元は悪いし、位置取りも慣れてない。だが、エルピダと共にいるならば、それも悪くない。
戦いが、始まろうとしていた。
転生魔術師と捨て巫女 OTE @OTE
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