訳ありの【訳】

細蟹姫

訳ありの【訳】

「本日、金弥かねや様を担当します、生田いくたと申します。」


 肩にかかる髪を後ろで一つに結んだ、黒ぶち眼鏡の小柄な女性、生田いくたさんは控えめなお辞儀で僕を迎えてくれた。


「なるべく広めで、風呂トイレは別、出来れば駅に近い所が良いんですが、今あまりお金が無くて…」

「分かりました。では、条件に合わせて探してみましょう。」


 この不動産屋は、訳あり格安物件専門で有名な不動産屋。

 さらに殆どの物件が即日入居可で、突然住処を失った貧乏学生にはありがたい場所だ。

 そして仕事が早い。


 我儘は承知で、ダメ元で条件を伝えると、生田いくたさんは即座に3つの物件案内をテーブルに並べた。


金弥かねや様のご要望ですと、こちらですね。ただ、駅徒歩5分以内ですと家賃の方が…」


 難色を示してくれているが、それでも伝えた予算をギリギリ超えない物件を見繕ってくれる辺り、口コミ通り良心的な店で安心感が持てた。


「それから、こちらはルームシェアという形にはなるのですが…」


 切り札のように投下された物件案内に釘付けになる。


【モリオン・0号室】

 3KDKで家賃・共益費・光熱費合わせて月3万円。


 0号室って何だよ? 大家兼任か? 家賃安すぎだろ。大丈夫か?

 色々と気になるが魅力的な物件だ。

 しかし、他人と住む事前提なら…かな。


「こちらは、少し特殊なシェアの形になって居まして、3LDKの全てのお部屋を、金弥かねや様がお使いになる事が出来ます。」

「シェア相手は住んでいないという事ですか?」

「いえ…その、見てもらった方が早いので、もしご興味がありましたら今から内見行ってみますか? すぐそこのマンションですから。」


 生田いくたさんの意味ありげな薄笑いに興味が湧く。

 ここは訳あり格安物件専門店。その訳を確かめたくなった。


 *


「いらっしゃ~い! ようこそ。0号室へ。」


 小奇麗なマンションの角部屋、0号室のカギを生田いくたさんが開けるや否や、明るい掛け声とともに制服姿の女子高生が玄関から飛び出して来くる。

 反射的に目を瞑って構えたけれど、彼女は花崎10cmの距離ででピタリと止まった。


 パッチリの目と、小さめの鼻、ぷっくりとした潤いを持つ唇が、白い肌によく映える可愛らしい女性。降ろしたストレートの髪が、サラサラと揺れているので、良い匂いがしてきそうだと思った。


 きっと、彼女が同居人、そして訳ありの【訳】だ。

 しかし、こんな可愛い子となら例え【訳】だろうと、もっとお金を出してでも一緒に住みたいと思う人がいるんじゃないか?

 そう思うくらいに、彼女はとても可愛かった。

 

 ただ、僕の中でのジャッジはで変わらない。


 深夜アニメが好きで、魔法少女が推しの陰キャ中の陰キャが、こんなキラキラ陽キャと住めるわけが無い。


「紹介しますね。こちらが現在0号室に住まわれている、天利あまりさんです。」

天利あまりですっ。あーちゃんとか、まーちゃんとか、好きに呼んでね! 内見に来たんでしょ? 部屋の事は私が案内してあげる。ついて来てっ!!」


 スーッと部屋の奥へと消えていく天利あまりさんを追いかけ、部屋のドアを開けていく。

 よほどこの部屋が気に入っているのだろう。一部屋一部屋の説明にも熱が入り、細かいところも洩れなく詳細に教えてくれる。

 コロコロと表情を変えながら、楽しそうに熱弁するのを見ていたら、実家で飼っていた猫の事を思い出した。


金弥かねや様いかがでしょうか?」


 ほどなくして、生田いくたさんが伺いを立てて来た。


「そうですね。天利あまりさんが良い人なのは分かりました。部屋を広く使える理由も。って事ですね?」


 天利あまりさんはスーっと音も無く移動する。壁をすり抜けて部屋へ行く。

 懐っこく、スキンシップのつもりか何度かボクの肩をバシバシ叩いたが、その手が僕に触れる事は無かった。

 空中でクルクル回りながら、衣装替えも披露してくれたので、今は出迎えの時に来ていた制服ではなく、ヴィクトリア時代を思わせるシックなメイド服となって給仕の真似事をして僕らの周りをウロウロしている。


「はい。相手が幽霊なので実質一人暮らしですが、シェアの為家賃は折半、天利あまりさん側からもきちんと徴収していますからトラブルにはなりません。天利あまりさんも金弥かねや様を気に入っているようですし、ピッタリだと思うのですが、どうでしょうか?」


 どうでしょうか? って、何故前向きだと思うんだ。

 自分で言ってて苦笑するくらいには、って、普通におかしいと思ってるぞ!?

 

「そうですね…えっと、他の部屋も見てから決めようかな。」

「えー。ハル君、私じゃ駄目なの? 悪霊に金縛りにされる方が趣味?」


 こっちはこっちで、名乗ってもいない名前で馴れ馴れしく呼んでくるし、この幽霊は、頭の中でも覗けるのか? だとしたら、マズイ。

 オタク陰キャの頭の中なんてPCのHD以上に人目にさらしちゃいけない奴だろ!

 よし、ここはハッキリと断る!!!


「あのっ」

「あ!!! そういう事ね!!!」


 ぱちんっ。

 と両手を顔の前に合わせて満面の笑みで言葉を遮って来た天利あまりさんは、その場でくるりと回りながら、「少し待っててねっ」と奥の部屋へ引っ込み、衣装を変えて現れた。


「ハル君、コレでどうかな?」

「ま、【魔法少女マジカルトロピカーナ】のマンゴスチンちゃんコス!?」

「ふっふっふ。今即決するなら毎日この姿でハル君の好きな場面を再現してあげるよ。」


 【魔法少女マジカルトロピカーナ】は、深夜帯にやっているアニメで、内容はJKが魔法少女になって異世界の魔人と戦い世界を護るというありきたりな物。

 ただ、その戦い方が独特で、いくら深夜帯とはいえ良くテレビ放送が許されたなと思うくらい、ギリギリを責めた過激えちぃシーンがてんこ盛り。賞賛と非難で一時期界隈がざわついた。


 僕が初めてそれを見たのは偶然だったけれど、1話見終わるころには、爆乳キャラのマンゴスチンちゃんの、ほぼ隠れてないたわわなそれに心を奪われ、気づけば朝になっていたっけ。

 それから僕はずっとマンゴスチンちゃん推しだ。


「あの、それは ×××ピー▲▲▲ピーするシーンとかでも良いんですか? ボク、敵の役になって潰されたい!」

「もちろん。私がメチャクチャにしてあげるわ。」


 マンゴスチンちゃんの決め台詞とポーズを決めると同時に揺れる、天利あまりさんのスイカップ…だ!!


 天利あまりさんは、直接僕に触れる事は出来ないが、モノを動かしたり、金縛りを起こすなど、一般的に幽霊がやると認識されてい事が出来るらしい。

 だから、僕が所有するアニメを全て見て、雰囲気も含めて完全再現を目指すと言う。しかもそれは、【魔法少女マジカルトロピカーナ】だけでは無く、他作品でも何でも、僕が決めたものを全力で研究すると…。

 何だ? 彼女は天使なのか!?


「ここにします!!!」

「わ~いっ」

「ご契約ありがとうございます!」



 こうして、僕は推しの格好をした明るく元気な幽霊とルームシェアを決めた。

 何においても優しく、尽くしてくれる彼女との生活はとても楽しかった。

 ただ…僕は訳ありの【訳】を少し勘違いをしていたらしい。


 彼女との生活があまりに良すぎ、堕落しすぎ、気づけば廃となり部屋から出られなくなっていたのは…また別のお話。

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訳ありの【訳】 細蟹姫 @sasaganihime

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