第3話

 美浦さんが運転する車の中で、私達夫婦は今しがた内見した部屋の感想を語った。

 リビングは広々として良かったとか、和室がとても気に入ったとか。値段を考えれば十分すぎる広さだとか。

 というより、私が一方的に話してただけかもしれない。和樹さんは相槌を打つだけだったし、美浦さんは私達の会話に入ってこなかったから。


「子供部屋だったあのお部屋、あそこを私達の趣味の部屋にしたら良さそうじゃない?

 ほら、あなたはプラモを作って、私はイラストを描いて……」


 私がそう言った時、和樹さんは眉を寄せた。


「あの部屋は……まぁ、そうだな。オモチャとかがあるのが、ちょっと気持ち悪かったが……」


 何故? 子供がいるんだから、オモチャがあるのは普通のことでしょう?


麗華れいかは気にならなかったのか?」


「どうして? ただの子供部屋じゃない」


「いや、だから、子供部屋があるの、おかしいだろ」


 本当に意味がわからない。何が気持ち悪いというのか。綺麗に片付けられていたではないか。

 私の代わりに、美浦さんが、和樹さんの言葉に返事をする。


「私も、その部屋は気になりました。後程、赤坂様に詳しいことを聞いておきますね。万が一があるならば、私達には告知義務がありますから」


「はい、お願いします」


 万が一? 告知義務? 一体何のこと?


「あの……」


 私は小さく口を開く。

 質問しようとした私の言葉を遮って、和樹さんはこう言った。


「表札には夫婦の名前しかないのに、子供部屋があるっておかしいだろ。赤坂さんの奥さんが、壁に向かって話してたのも気になるし」


 ……え?


「はい。赤坂様のご主人様から、二人暮しと聞いておりましたので、子供部屋があるのは予想外でした」


 ……ちょっと待って。

 あの家には女の子がいたじゃない。黒髪で赤いワンピースを来た、アイちゃんが。

 私はアイちゃんとお喋りしたし、奥様とアイちゃんが話してたところも確かに見た。だから、子供部屋があることに違和感なんて持たなかった。

 でも……


『赤坂さんの奥さんが、壁に向かって話してたのも気になるし』


 というのは、どういうこと……?


 私はすっかり黙り込んでしまって、悶々と考えながら車に揺られる。

 やがて、私達が今住んでいる、賃貸のマンションに着いた。美浦さんにお礼を言いながら、私と和樹さんは車を降りる。


「明日の午後には連絡させていただきます。もしお子様が亡くなっているのだとしたら、赤坂様に尋ねるのは心苦しいですが……」


「すみません、こんなこと頼んでしまって」


「いえ、私が言い始めたことですので」


 そうして、私達は二言三言交わして別れた。去っていく美浦さんの車を見送りながら、私は和樹さんを見上げた。


「和樹さんは……」


 アイちゃんが見えなかったのだろうか。

 見えなかったとしたら、アイちゃんは幽霊なのだろうか。

 そう尋ねようとしたけれど、和樹さんからの返事が怖くて聞けなかった。だから私は、別の質問をした。


「赤坂さんからのお返事次第では、購入見送るつもりだったりする?」


 和樹さんは迷いなく頷く。


「うん。というより、どんな返事が来ても見送るつもりだ」


「なら、わざわざ訊かなくても……」


 私は震える声で呟いた。

 私が見たアイちゃんが幽霊なら、私は幽霊と話していたことになる。そう考えると寒気がして、私は両腕を抱きしめるようにしてさすった。


「こういうのは、はっきりさせた方がいい」


「そうかもしれないけど……」


 私達は話しながら、マンションのエントランスに入る。そして、自宅の鍵を取り出そうと、トートバッグを開いて中を覗く。


「っ……!」


 息を飲んだ。

 バッグの中には、アイちゃんが持っていたはずの、アイちゃんそっくりな人形が入っていた。

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